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視覚から行動へ

マックスプランク研究所神経生物学部門
久保 郁

脳は、入力された感覚情報を処理し、それに応じて適切な運動パターンを出力するのに優れた性能を発揮します。脳がもつ精密な情報処理のしくみを個々の細胞レベルで理解したいと考えていた私は、ゼブラフィッシュを用いて神経回路の研究を展開していたHerwig Baier研究室(アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校)に留学しました。当時、オプトジェネティックスを用いて個体の行動を制御する例が発表され初めていた時期でした。ゼブラフィッシュにおいても、稚魚の透明性および遺伝学的な操作の容易さを生かすことでオプトジェネティックスが応用され初めており、私はこのような技術革新が新しい発見につながるに違いないと考えたのです。

Baier研究室に入ると私は、まさに上記の技術をもちいて、視覚に関連する行動のひとつである、視運動性眼球反応に関わる神経回路を調べることにしました。多くの動物は、運動する際、視野全体が自分自身の動きとは反対方向へ流れるようにして動く「オプティックフロー」と呼ばれる視覚を受容します。このようなオプティックフローは、自分自身の運動を推定し、それに応じて眼球や身体の反射を引き起こすのに重要な役割をもちます。まず私は、視覚領域の一つである、視蓋前野が視運動性眼球反応を制御していることを、オプトジェネティックスの手法をもちいて明らかにしました。さらに、カルシウムイメージングにより、数千もの視蓋前野ニューロンの活動パターンを記録し、オプティックフローの情報処理に関わるニューロン群を体系的に分類しました。その結果、視蓋前野は両眼で得られたオプティックフロー情報を統合することで、異なるパターンの両眼性オプティックフローを区別する神経基盤として働きうることが分かりました。これまで視蓋前野は、網膜で受け取った視覚情報を高次脳領域に引き継ぐリレー地点としてはたらくと考えられていましたが、私たちの結果から視蓋前野はこれまで考えられていたよりも複雑な情報処理を行っていることが示唆されたのです。

今回受賞対象となった研究は、もともとは実験手法に慣れるために始めた小さなプロジェクトがきっかけでした。研究室主宰者のBaier教授がこのプロジェクトは“low-hanging fruit”だろうと言ったのを覚えています。しかし、収穫してみるとプロジェクトは当初とは予想外の方向へと発展しており(アメリカからドイツへの研究室の異動を含む)、幸運にも新たな仮説の提唱につながりました。今後は、提唱した神経回路に関するモデルが実際脳内でどのように実現されているのか、解剖学的および遺伝学的手法を用いて明らかにしていきたいと思っています。現在、自分自身の研究グループを形成して、この課題に取り組んでいます。また、こうした視覚情報処理の研究を通して、脳情報処理における基本原理の解明に貢献できればと思っています。

最後になりましたが、このたびはこのような名誉ある賞をいただき、大変光栄に思っております。様々な先生方からの貴重なアドバイスと支援のおかげでこの研究を行うことができました。Herwig Baier教授は細部から大局にいたるまで広い観点から助言してくださいました。Aristides Arrenberg博士(現在ドイツ・チュービンゲン大学)とはカルシウムイメージングとデータ解析を共同で行いました。研究室のメンバーとは日頃から活発にディスカッションする機会に恵まれました。この場をお借りして感謝いたします。

<略歴>
2002年  京都大学理学部 卒業
2007年  京都大学大学院生命科学研究科 博士課程修了(生命科学博士)
       (日本学術振興会特別研究員DC1)
2007年  理化学研究所 基礎科学特別研究員
2010年  カリフォルニア大学サンフランシスコ校 博士研究員
       (HFSP長期フェローシップ)
2012年  マックスプランク研究所 博士研究員
2015年  同 プロジェクトリーダー

<写真の説明>

筆者近影

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