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記憶形成・記憶保持を負に制御する神経回路の研究

マサチューセッツ工科大学
北村 貴司

この度は、栄誉ある賞を賜り大変光栄です。学会関係者の方々に心より御礼申し上げます。

私たちは、日々の生活の中でさまざまな出来事に遭遇し、それを覚えます。これをエピソード記憶と呼び、何が、どこで、いつ、という情報を含みます。エピソード記憶の形成には、大脳嗅内皮質―海馬間の神経回路が必須であることが分かっています。これまでの研究によって、エピソード記憶の形成、保持、想起に必須な神経回路を同定する研究については比較的理解が進んでいますが、一方で、記憶形成を抑制したり、消去を促進する、つまり、“記憶形成や記憶保持を負に調節する”神経回路を同定する神経回路遺伝学的研究は殆ど進んでいませんでした。遺伝子発現に正と負の調節機構が存在するのと同様に、申請者は、記憶形成や記憶保持の過程にも抑制的に働く、負の調節機構が神経回路レベルで存在するのではないかと考え、これを検証しました。

成熟した脳の海馬においても、海馬歯状回では神経前駆細胞が存在し、神経細胞が新生し続けています(ニューロン新生)。九州大学の4年生時から杉山博之先生の研究室にて、海馬の回神経路の構造の美しさ、記憶に関わる生理的機能的な面白さに魅了されながら、海馬におけるニューロン新生に関連する研究課題を軸にサイエンスの基礎を学ばせていただきました(叩き込まれました)。その後、三菱化学生命科学研究所の井ノ口馨先生の研究室(現在、富山大学)にて、この海馬における生後のニューロン新生と記憶保持の関係を解析し、私は、新生した神経細胞が海馬における記憶情報を積極的に消去していることを発見しました(Kitamura et al., Cell, 2009)。

また、記憶を形成する際、必要とされる情報は取捨選択肢されますが、その取捨選択の機構は全く分かっていませんでした。2011年より、理化学研究所、理研MITセンターの利根川進先生の研究室にて、私は、海馬と密接に神経連絡のある大脳嗅内皮質に注目した研究を始めました。私は、最先端の分子回路遺伝学的手法を駆使することで、そして幸運にも、大脳嗅内皮質-海馬間で、全く新しい抑制性神経回路を発見しました(Kitamura et al., Science, 2014) 。私は、この抑制性神経回路が、時間的に離れた2つの出来事の連結を負に調節することを発見しました。この抑制性回路を強く活性化すると、連結すべき出来事が連結できず、逆に、抑制すると本来連結すべきでない2つの出来事が1つのエピソードとして記憶されてしまいました。つまり、新規の抑制性神経回路は記憶の取捨選択を制御していました。

最後になりますが、私の一連の研究は、多くの先生方や共同研究者の方々のご指導とご支援の賜物です。特に、学生時代より長い間お世話になり、さまざまなチャンスを与えてくださった杉山博之先生、井ノ口馨先生、更には、現在の指導教官の利根川進先生に厚く御礼申し上げます。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Kitamura, T., 2017. Driving and regulating temporal association learning coordinated by entorhinal-hippocampal network. Neurosci. Res. 121, 1-6.

略歴
2002年  九州大学理学部卒業
2007年  九州大学大学院理学府生物科学 博士課程修了(理学博士)
2007年  三菱化学生命科学研究所 特別研究員
2009年  富山大学大学院医学薬学研究部生化学講座 助教
2011年  理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員
2015年  マサチューセッツ工科大学 上級研究員


写真の説明
本人(北村貴司)

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