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精神疾患病態としてのシナプス病理解明とその治療戦略への展開

東京大学大学院医学系研究科・疾患生命工学センター・構造生理部門
林(高木) 朗子

 日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞を頂き、大変嬉しく、また同時に身の引き締まる思いです。選考委員の先生方と学会関係者の方々に心より御礼申し上げます。一方で、これまで御指導を下さった先生方があっての受賞と思います。多くの先生方にお世話になりましたが、その中でもとりわけ、精神科医としての臨床力を温かい目で育んでくださった福田正人先生、精神疾患研究の基礎をつくって下さった加藤忠史先生および澤明先生、また神経科学の厳しさを叩きこんで下さいました河西春郎先生に心より感謝申し上げます。
 わたしの研究対象は精神疾患であり、その中でも特に統合失調症の病態解明を中心に研究を進めてまいりました。統合失調症は思春期から成人にかけて100人に1人が発症し、幻聴や妄想、認知機能障害などのさまざまな精神神経症状があらわれる精神疾患です。統合失調症の発症には遺伝因子が関与し、そして大脳皮質前頭野における興奮性シナプスが減少していることが報告されているものの、遺伝子の機能不全がどのように思春期の神経回路網形成に影響をあたえ、統合失調症への発症につながるのかは解明されていませんでした。そこで統合失調症関連分子であるDISCに注目し、同遺伝子産物が興奮性シナプスの主要な形成部位である樹状突起スパインの形態を制御することを見出しました(Hayashi-Takagi A et al, 2010, Nat Neurosci)。DISC1をノックダウンすると樹状突起スパイン密度が大きく減少し、この所見は統合失調症患者の死後脳で見られる所見と酷似していることより、興奮性シナプス異常が統合失調症の病態生理の一部を担うのではと考えました。そこで2光子励起顕微鏡を用いて神経発達期におけるスパイン密度を縦断的にin vivo観察したところ、DISC1ノックダウンマウスでは神経発達期に生じるシナプスの刈り込みが過剰に生じ、成体時にはスパイン密度が対照マウスと比較し半数以下になることを見出しました。同一の個体群に感覚運動情報制御機能の指標であるプレパルス抑制試験(PPI)を測定したところDISC1ノックダウンマウスではPPIの障害が見られました。生化学的な検証によりDISC1をノックダウンしたマウスではRac1とその下流分子であるPAKが過剰に活性化していることが明らかになったため、PAK阻害剤を生後35日から60日まで連日腹腔に投与したところ、DISC1ノックダウンマウスで観察された過剰なスパインの刈り込みは完全に予防され、PPIの障害は部分的に正常化することが観察されました(Hayashi-Takagi A et al, 2014, PNAS)。これまでの統合失調症の創薬はドーパミン遮断薬を中心とした開発が進められてきましたが、その効果は幻覚や妄想などの陽性症状に限定的で、意欲低下や認知障害などの患者の社会予後に直結した精神機能にはほとんど奏功しないことが良く知られています。本研究により前頭野のシナプス異常を予防することにより、統合失調症患者で生じている神経回路網の異常を予防できる可能性があります。これらの知見を精神神経疾患創薬へ応用することで、シナプス保護という新しい観点より見た統合失調症の治療戦略が加速すると考えます。今後はこれまでの研究をさらに包括的に発展させるために、(1)2光子励起顕微鏡を用いた疾患モデル動物のin vivoスパインイメージングを基軸にし、ヒト研究では出来ない直接的な仮説検証を行うこと、そのために各種シナプスプローブ技術を開発すること、(2)シナプス病態に対して治療的効果を有する低分子化合物をスクリーニングする定量的ハイスループット系を確立すること、(3)シナプス機能を反映する末梢バイオマーカーの創出することを今後10年間の目標とします。上記の3戦略によりシナプス病態の可視化、それに基づいた精神疾患を標的とした診断および創薬へ挑戦するという大目標をかかげ、研究および学会全体の推進力となる若手教育に全力をつくす所存でございます。神経科学学会の皆さまのご指導とご鞭撻をこれまでどおり賜りますようお願い申し上げます。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Hayashi-Takagi, A., 2017. Synapse pathology and translational applications for schizophrenia. Neurosci. Res. 114, 3-8.

略歴
1999年3月:群馬大学医学部医学科卒業
1999年4月~2001年3月:群馬大学医学部附属病院・神経精神科・研修医
2001年4月~2007年4月:大和会西毛病院・精神科非常勤医師、精神科専門医習得
2005年3月:群馬大学大学院医学系研究科終了、博士(医学)
2005年4月~2007年4月:理研、精神疾患動態研究チーム、研究員
2007年5月~2010年6月:The Johns Hopkins University, Dept of Psychiatry, ポスドク
2010年7月~2014年10月:東京大学大学院医科学系研究科、構造生理部門、助教
2010年10月~2014年3月:科学技術振興機構、「さきがけ」研究員
2014年11月~現在:東京大学大学院医科学系研究科、構造生理部門、特任講師


中央が林で、チームのみんなと。

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