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神経細胞の分化と可塑性を制御するRNAプログラム

東海大学創造科学技術研究機構医学部門
飯島 崇利

 この度は貴学会より栄えある賞を賜ることができ、大変光栄です。関係者および本選考委員の先生方に心より厚く御礼を申し上げます。この栄誉に奢ることなく、また恥じないよう、いっそう身を引き締めて精進していきたいと思います。また、4年半の海外生活を経て今年1月より現所属より独立ポジションのオファーを頂き、再び日本の地でやっていくこととなりましたので、日本国内における神経科学の発展に、より一層貢献できればと思います。
 神経細胞のタンパク質発現は発生時期や組織・領域によって厳密にコントロールされ、学習や経験によってさらにダイナミックな変化を遂げます。大学院時代から今日まで、私はシナプス形成や可塑性の鍵を握る重要な分子群の時空間的なRNA情報発現系の分子メカニズムについて研究を多く行ってきました。大学院では樹状突起でのmRNA局在化現象と翻訳機構の解明 (Proc. Nat. Acad. Sci. USA, 2005; Neurosci. Res., 2007) を研究テーマとし、学位取得後は小脳シナプス形成因子の神経活動に依存したmRNA発現制御がシナプス安定化に関わることを見いだしました (J.Neurosci., 2009)。
 2009年からは研究の場をスイス・バーゼルに移し、次に私が挑戦したRNA制御はpolymorphicなシナプス接着因子の選択的スプライシングでした。4年のバーゼルでの研究生活のなかで、幸運にも神経細胞での特徴的な選択的スプライシングのキーファクターとなるRNA結合分子群を同定し、詳細なスプライシングメカニズムを明らかにすることができました (Cell, 2011; J. Cell Biol., 2014)。ヒトゲノム計画によってヒトの遺伝子数が当初の予想よりはるかに少ない2万個程度であることが判明して以来、高等動物の複雑な構造や機能が限られた遺伝子情報によってどのようにプログラムされているかは未だ多くの議論を残すところですが、その補償的メカニズムとして本受賞対象の研究である選択的スプライシングをはじめとしたRNA情報発現系は遺伝子情報を効率的に膨大化させる主な多様的出力のメカニズムであり、おそらくは生物が進化の過程で高次機能を獲得する上で充実させた仕組みの一つであると考えられます。特に最も高度に発達した哺乳類中枢神経系においては、時空間的なRNA制御が精神活動の発現と機能維持に必要十分な生命情報を提供しているのではないかと思われます。今後は選択的スプライシング機構を中心に生命情報の多様性の制御機構についてさらに詳しく追求し、その先にある生理的意義すなわち特異的回路の形成や複雑な精神活動の発現にどのように結びつくのかを知りたいと思っております。
 この15年余り、将来にたいする多くの迷いと不安を抱きながらの人生でした。そんななかで自分の努力が実を結んだ時の嬉しさや国内外でのさまざまな人々に出会い勇気づけられここまで辿り着けたのだと思います。また、海外での大きな発見には多くの偶然と幸運もあり、過去の日本で培ったアイデアや知識・経験をうまく活用しながら研究を進めることができたことで、予想以上に短期間で成果を挙げられたのだと思います。
本受賞対象研究は主に慶應義塾大学医学部生理学講座の岡野栄之先生と柚崎通介先生の両ラボ、スイス・バーゼル大学バイオセンターのPeter Scheiffele先生のラボで行ったものです。末筆となりましたが、これまで多くご指導頂いた先生方や多くの同僚達、共同研究者の方々にこの場を御借りして再度感謝申し上げます。今後も会員の方々をはじめ多くの方にご指導賜ることができましたら幸甚です。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Iijima, T., Hidaka, C., Iijima, Y., 2016. Spatio-temporal regulations and functions of neuronal alternative RNA splicing in developing and adult brains. Neurosci. Res. 109, 1-8.

略歴:
1998年 東邦大学理学部生物学科卒業
2000年 大阪大学大学院医学研究科修士課程医科学専攻修了
2004年 大阪大学大学院医学系研究科博士課程機能形態医学専攻修了
2004年 慶應義塾大学医学部生理学教室 特任助教
2009年 スイス・バーゼル大学バイオセンター 博士研究員
2014年 東海大学創造科学技術研究機構医学部門 准教授

写真の説明:
現研究室メンバーと。真ん中が著者。(2014年7月撮影)

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