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精神医学領域のUnmet medical needsの解消を目指して

東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野
山末 英典

このたびは学会奨励賞を頂き大変光栄に存じております。これまで研究活動を様々な面から指導し支えて下さった東京大学医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授・加藤進昌前教授や理化学研究所の加藤忠史シニアチームリーダーを初めとした多くの共同研究者の皆様、研究にご協力下さったスタッフ、そして被験者の皆様やそのご家族に、この場をお借りして深く感謝の意を述べさせていただきたいと思います。
 精神医学の領域には多くのUnmet medical needsが残されています。例えば自閉症スペクトラム障害(Autism spectrum disorder: ASD)の中核症状である社会性やコミュニケーションの障害は、全世界で100人に1人を超える頻度で認められますが、有効な治療法は確立されていません。そのため、3歳以前に出現して一生涯続くこの障害のために、例えば米国では毎年年間1260億ドルの負担が生じていると試算されています。私は、医学部卒業後一貫してClinician scientistであり続けてきた立場から、これまでの研究・臨床の成果や経験を統合させて、精神医学領域のUnmet medical needsの解消を直接的に実現する研究成果を目指し続ける覚悟でいます。端的には、現在は「治せない」症状を「治せる」症状にする「分からない」病気を「分かる」病気にすることに直接的に貢献する研究成果、研究者のみならず疾患に患わされる当事者やそのご家族からこそ真に評価され歓迎される研究成果を志向し続けます。言葉にすると当たり前のことの様ですが、実際には当事者のニーズを満たすことと、研究者間の評価を得ることや学問的関心を満たすことは、かけ離れていることが多いと思います。そして現在の精神医学領域の研究をとりまく体制は、研究者からの評価は求められますが、当事者からの評価を受ける機会は少ないものになっています。私自身のこれまでの研究成果も、研究者から評価されることに偏重して、当事者のニーズに応えるにはほど遠いものが殆どであるというのが、残念ながら事実だと思います。今回頂いた賞を励みにして、今後こそは精神医学領域のUnmet medical needsの解消に貢献できる様に精進して参ります。
 これまで主に、統合失調症・気分障害・不安障害やASDなどの診療、その行動上の特徴の基盤を成す脳機能・形態・代謝所見を標的としたマルチモダリティMRI解析、そしてその遺伝子多型との関連の解析を行ってきました。こうした経験と成果を統合させて、標的分子を治療薬候補物質として、その分子の中間表現型(マルチモダリティMRI指標)や表現型(精神・行動上の特徴やその障害)を効果判定指標に用いて、候補物質を投与した際の治療効果を検証する医師主導臨床試験を更に洗練・発展させることが、上述の様な目的を実現する上で自分が出来る最も的確な答えの一つであると考えています(図1参照)。例えば現在は、内因性ホルモンであるオキシトシンをこれまでなかったASDの中核症状治療薬として臨床応用まで到達させるための計画を立て、各関係機関と連携を築いて進めています。また、今後は動物実験などの基礎研究との連携を深めることで、効率が良く精度の高い標的分子の同定と検証の体制を築くことも、新たなシーズの開発をいち早く進める上で重要であると考えています。そこで、まずはオキシトシン研究を契機として、基礎研究の先生方との共同研究チームを形成して参りたいと考えておりますので、日本神経科学学会の皆様にはどうぞ今後ともよろしくお願い出来れば幸いです。


図1. 標的分子を治療薬候補物質として、その分子の中間表現型(マルチモダリティMRI指標)や表現型(精神・行動上の特徴やその障害)を効果判定指標に用いて、候補物質を投与した際の治療効果を検証する医師主導臨床試験の概念図

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Yamasue, H., 2015. Using endophenotypes to examine molecules related to candidate genes as novel therapeutics: The “endophenotype-associated surrogate endpoint (EASE)” concept. Neurosci. Res. 99, 1-7.


略歴
1998年 横浜市立大学医学部卒業
1998年 東京都立松沢病院 臨床研修医
2000年 東京大学医学部附属病院 医員
2006年 東京大学大学院医学系研究科博士課程卒業
2006年 東京大学医学部附属病院 助手(助教)
2008年 東京大学医学部附属病院 講師
2009年 東京大学医学部附属病院 准教授

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