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予想に反した結果が発見につながったとき

Albert Einstein College of Medicine, Yeshiva University
田辺 誠司

本受賞テーマは、両眼で見て立体を知覚する脳機能について研究したものです。読者の皆様なら経験済みであるように、おおよそ科学研究というのは仮説から一直線に結論へ至ることはまずありません。本研究テーマも予想を念頭に置いて実験に取り組んだものの、その例に漏れず、予測していなかったような結果が生じ、つじつまが合うような解釈を後になってひねり出すという苦肉の策を講じました。原著論文等で研究成果を発表する際は、仮説から結論まで一貫させる必要があるために、結論を出した後になってから最初の仮説に修正を加えることになったというわけです。本稿では、普段、表に出すことのないこの苦肉の策について紹介いたします。

大阪大学大学院基礎工学研究科で博士号を取得した後、私は米国国立衛生研究所(National Institutes of Health, 通称NIH)のBruce Cumming博士の研究室へポスドク研究員として赴任しました。私が担当した研究は、両眼立体視の基盤となる信号を大脳皮質の神経回路が生成する過程を調べるというものでした。この生成のメカニズムは、左右両眼に由来する二つの入力信号を組み合わせて、一つの出力信号に統合するような信号変換です。左右両眼の信号は入力繊維によって多様に異なり、それらの組み合わせは原理的には無数に存在しますが、生成した信号が実際に両眼立体視の基盤となるためには、ある条件を満たすような組み合わせが必要となります。この組み合わせ方を記述したモデルが1990年に大澤五住先生(本受賞テーマの推薦者)らによって提唱され、その妥当性により標準モデルとして認められていたのですが、Cumming博士の研究室では、標準モデルでは説明のつかない現象がいくつか見つかっていたのです。私が着任した当時、標準モデルに修正を加えるアイディアが研究室で浮上しており、私が実験で検証することになりました。

最初の実験のデータは、修正モデルの予測とよく合致し、標準モデルの予測からは明らかに逸脱していたため、修正モデルを支持する結果であると結論づけることができました。そして次の実験を考案する際、修正モデルの証拠をより強固なものにすることを目指しました。そのため白色ノイズ解析という手法を利用し、修正モデルの証拠をデータの中から「炙り出す」作戦に出ました。この手法は途中経過を見ながら検証条件を絞り込んでいくのではなく、実験後のデータ解析の中で検証を行ないます。実験中にはデータは見える形になっていないため、まるで白紙を眺めながら実験し一見白紙に見える紙からデータの傾向を実験終了後に炙り出すようなものです。私は、最初の実験で確認した修正モデルの証拠が炙り出されるものだと当然のように期待していました。

ところが、炙り出しの結果には、修正モデルの証拠は一切見つかりませんでした。何か間違いがあったのかと隅々まで確認をしましたが、いっこうに間違いは見つかりませんでした。逆にまったく期待していなかった傾向が炙り出されており「なんだか変だな」とは思ったものの、それについてはほとんど注意を向けていませんでした。そして期待していたものが見つからない日々が何ヶ月も続き、発想の転換が必要なのではという危機感を感じ始めました。見えない証拠を追いかけるのをやめ、思い切って見える傾向について考察しようと頭を切り替えたのです。すると、発想が柔軟になり、ずっと目の前に見えていた傾向というのが立体視が成立するための非常に有益な信号変換の証拠であることに気づきました。これで一気に視界が開けたのです。このような信号変換は理論的な可能性として先輩ポスドクが原著論文の考察で挙げたことはありましたが、実験で確認するという発想はまったくありませんでした。すぐにCumming博士ら同僚研究者にも自分の新しい解釈を持ちかけると、直ちに納得してもらい、早速論文にまとめる作業へと移ることが出来ました。

この経験を通して二つのことを学びました。まず、予測は極力具体的であるべきだということです。つまり予測とデータの合致度合いを測る際、グラフの特徴として表せるような予測をしておくことが非常に役立つということです。もう一つは、期待に反したデータの特徴にも注意を払うことです。意外な発見への第一歩である可能性があるからです。私は幸運にも著名な科学作家Isaac Asimov氏の言葉、The most exciting phrase to hear in science, the one that heralds new discoveries, is not “Eureka” but “That’s funny…” を実体験できたと思っています。

この場をお借りして、長年お世話になっている先生方、共に未踏の地を開拓してくれた先輩、同僚の方々に心より感謝申し上げます。

tanabe
筆者近影:Cumming研究室で実験中のスナップショット。実験動物が協力的で、良いデータが記録できたときの満足げな表情。実験動物が協力してくれない日は、もっと暗い表情に。

 

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Tanabe, S., 2013. Population codes in the visual cortex. Neurosci. Res. 76, 105-108.

[略歴]
1998年 大阪大学基礎工学部 卒業
2000年 大阪大学大学院基礎工研究科 修士課程修了
2004年 大阪大学大学院基礎工研究科 博士課程修了
2005年 米国 National Institutes of Health ポスドク留学
2010年 米国 Albert Einstein College of Medicine ポスドク留学

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