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神経軸索ガイダンスの駆動メカニズムの解明を目指して

理化学研究所脳科学総合研究センター神経成長機構研究チーム
戸島 拓郎

 この度は、平成23年度日本神経科学学会奨励賞を賜り誠に光栄に存じます。この栄誉に恥じぬよう、今後ともより一層研究活動に精進したいと決意を新たに しております。受賞対象課題は、私が理化学研究所脳科学総合研究センター神経成長機構研究チーム(上口裕之チームリーダー)において10年近くに渡って進 めてきた、神経軸索ガイダンス機構に関する一連の研究成果です。

 私は、北海道大学理学部生物科学科4年次より、伊藤悦朗助教授(現・徳島文理大学香川薬学部教授)のご指導の下で研究活動をスタートしました。そこで は、当時まだ生物試料への応用があまり行われていなかった走査型プローブ顕微鏡を用いて、培養神経細胞の神経突起や成長円錐の微細表面構造観察に取り組み ました。観察を続けるうちに、神経細胞が極めて特徴的な自らの形態をつくりだすメカニズム、その中でも特に、細長い軸索突起がいかにしてはるか遠隔の標的 細胞まで正確にたどり着くのかという、軸索ガイダンスのメカニズムに強い興味を持つようになりました。丁度その当時、カリフォルニア大学のMu-ming Poo博士の研究室から、培養下で微細ガラス管により軸索ガイダンス因子の濃度勾配を成長円錐に作用させる実験系(in vitro成長円錐ターニングアッセイ)を用いた研究論文が次々に発表されていました。特に私が興味を惹かれたのは、軸索ガイダンス因子に対する成長円錐 の応答性(誘引/反発)が、単にガイダンス因子の種類だけではなく、それを感受する個々の成長円錐内のセカンドメッセンジャー系によって最終決定されると いう知見でした。このシンプルな概念によって、複雑かつ精緻な神経回路網形成のメカニズムが説明できることに私は深く感銘を受けました。

 そこで私は、博士号取得後の研究テーマとして、セカンドメッセンジャー下流において誘引・反発という正反対の現象を駆動する細胞内メカニズムを明らかに したいと考え、理化学研究所の上口裕之上級研究員(当時)研究室の門を叩きました。その当時上口研究室では、ケージドCa2+光解離法を用いて培養下で軸索ガイダンスを誘発する技術を確立した直後で、Ca2+下 流のメカニズムを明らかにしたいという私の希望にはまさにぴったりの研究室でした。理研入所当時は、最先端のライブイメージング技術を可能にする高額な顕 微鏡設備の数々に目を見張るばかりで、このような素晴らしい機器設備があれば、未熟な私であってもすぐに結果が出せるに違いないという、今思えば非常に甘 い考えを持っておりました。まず最初のステップとして私は細胞骨格に着目し、アクチン繊維や微小管を生きた成長円錐内で可視化し、ケージドCa2+光解離に伴うその動態変化を観察していたのですが、実験しても実験してもネガティブデータの連続で、自分の研究能力の無さを痛感させられました。しかしその後も諦めず試行錯誤を繰り返した結果、研究室に所属してから約3年後にようやく、誘引性Ca2+シ グナルに応じて成長円錐内で膜小胞が非対称的に輸送されるという最初のポジティブデータを得ることができました。これを皮切りにその後研究は大きな展開を 見せ、膜小胞輸送に引き続いて起こる非対称性エクソサイトーシスが成長円錐の誘引を、その一方で非対称性エンドサイトーシスが反発を駆動するという、膜ト ラフィッキングを介した新しい軸索ガイダンスの駆動メカニズムを世界に先駆けて報告することができました。

 まだまだ研究者として若造で未熟な私ではありますが、これまでの研究人生を振り返って思うことは、指導者の先生方をはじめとして周囲の人間関係に非常に 恵まれたということです。伊藤悦朗先生には、研究室に入ったばかりの学部4年生の時から、学会発表や英語論文執筆、研究費申請書作成など、全ての研究活動 のイロハを叩き込んで頂きました。また、常に実験の手を止めてはならないというハードワークの重要性を教えて頂いたことは私の財産です。上口裕之先生に は、素晴らしい研究環境を与えて頂いたことはもちろん、ただ闇雲に実験するだけでなく、高レベルな研究目標を正しく設定しそれに向かって邁進することの重 要性を教えて頂きました。また、共に実験を行い多くのデータを出してくれた糸総るり香さん、秋山博紀さんをはじめとする研究室メンバーの皆様、さらには多 くの共同研究者の方々にもこの場をお借りして深く感謝申し上げます。

 幸運にも私は昨年10月より、科学技術振興機構さきがけ研究者(「脳神経回路の形成・動作と制御」領域)として採択され、領域総括である村上富士夫先生 の暖かいご指導の下で、新たなる観点から軸索ガイダンスの研究を開始しております。今後とも神経科学学会会員の皆様のご指導とご鞭撻を賜りますよう、何卒 宜しくお願い申し上げます。

上口研の集合写真(2010年12月)。後列中央が上口チームリーダー。その左隣が筆者。

 

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Tojima, T., 2012. Intracellular signaling and membrane trafficking control bidirectional growth cone guidance. Neurosci. Res. 73, 269-274.

【略歴】

1997年
北海道大学理学部生物科学科卒業

2002年
北海道大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了

2002年
日本学術振興会特別研究員

2003年
理化学研究所脳科学総合研究センター神経成長機構研究チーム研究員

2005年
同基礎科学特別研究員

2008年
同研究員

2010年
科学技術振興機構さきがけ研究者(兼任)

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