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神経科学と心理学の橋渡しを目指して

カリフォルニア工科大学
出馬 圭世

 この度は、日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき大変光栄に思っております。私はヒト特有の社会性を支える神経基盤を研究の対象としていま すが、このような「社会神経科学 (Social Neuroscience)」という歴史の浅い分野にも関わらず評価して頂いたことに感謝するとともに、今後ともこの分野の発展に寄与できるよう頑張って いきたいと思っています。

 神経科学の多くの分野では様々な動物を対象として研究が行われていますが、ヒト特有の高次な社会性を支える神経基盤を研究対象とした場合、動物実験では 限界がありますし、ヒトの社会性に対する理論的体系や知見の蓄積もありません。一方で、心理学ではそのようなヒトの社会性を研究の対象としているものの、 行動指標や心理プロセスを直接被験者に尋ねる質問紙などの内省法だけでは、ヒトの社会的行動の裏にある心理プロセスを全て明らかにすることは不可能です。 90年代よりfMRIというヒトの脳活動の非侵襲的計測法が心理学的問題にも少しずつ用いられるようになり、特に2000年に入ってから社会神経科学が盛 んになってきました。私が大学院に進学した2004年はそういう時期であり、それ以来fMRIという手法を用いヒトの社会性に関する心理プロセスを脳の仕 組みと合わせて理解することで、神経科学と心理学は双方の限界を補い合えると考え研究を行っています。

 私はヒトの社会性の中でも特に、ヒト特有の利他的行動に興味を持って研究してきました。例えば、寄付や献血、ボランティアなどの見知らぬ他者に利益を与 える行為はヒト特有であると考えられています。心理学などの社会科学の領域においては、「利他的行動を如何にして多くの人に行わせるか」や「なぜ他者に利 益を与えるという利他性が、利己的な個人が有利であるはずの自然淘汰の原理のなかで進化しうるのか」といった問題は広く研究されているテーマであり、その 中で「評判」という概念が重要だということが示されています。つまり、他者から自分のことをよく思ってもらいたいという動機が寄付などの利他的行動をとる 理由の一つということです。

 博士課程として生理研に在籍中に、私はこのような社会的報酬に基づいた意思決定の神経基盤を検討し、fMRIを用いた一連の研究により、1)評判という 社会的・抽象的報酬獲得時も金銭という物質的報酬と同じく線条体が活動すること、2)他者が見ている前で寄付をするかどうかの意思決定を行う際、社会的報 酬の価値が線条体で処理されていること、3)他者が持つ自分に対する評判の表象には内側前頭前野が重要な役割を果たすこと、を見出しました。

 またポスドクとして玉川大学に移動後は、社会心理学では精力的に研究されているテーマである“認知的不協和”の神経基盤を検討し、1)自分の認知(好 み)と過去の選択行動が一貫しない場合(例、好きなものを選ばなかった)に喚起される“認知的不協和”と呼ばれる不快な感情状態が前部帯状回で表象されて いること、2)その後の好み変化(例、好きなものを選ばなかった場合、それを嫌いになる)は自己報告だけでなく線条体の活動の変化としても見られることを 見出しました。

 社会神経科学は、その分野架橋的な性質からまだ世界でも体系立てて学ぶことができる教育機関が少ないこともあり、私は1-3年ごとに所属の研究室を変え ながら多くの方から影響を受けてきました。修士課程は北海道大学で結城雅樹准教授に、博士課程は生理研にて定藤規弘教授に、その後ポスドクとして、玉川大 学で松元健二教授に、カリフォルニア工科大ではRalph Adolphs教授に指導して頂きました。結城教授は集団が個人に与える影響や顔表情認知に関する社会心理学・文化心理学的研究をされています。定藤教授 はfMRIを用いて脳の可塑性について研究され、さらに現在はヒトの社会性に関する研究をされています。松元教授は刺激と反応と報酬のメカニズムについて サルを対象に電気生理的研究をされ、現在はfMRIを用いヒトの動機づけの神経基盤を研究されています。Adolphs教授は感情について損傷患者や、心 理学的手法(質問紙・生理指標)、fMRIなどを用いて研究をされています。このように異なる背景を持った先生方から指導して頂き、そこから得た経験・知 識は間違いなく私の貴重な財産となっています。また研究の背景は異なるものの四人には共通して研究への熱い情熱があり、未熟な私が行き詰りそうになった時 にその情熱に助けられてきました。そしてこれまでの行く先々の研究室で出会った多くの先輩、同僚や後輩にも大変お世話になりました。この場を借りて厚く御 礼申し上げます。

現在の所属のAdolphsラボでのクリスマスパーティーにて(2010年12月)。
筆者は上段右から三番目。

 

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Izuma, K., 2012. The social neuroscience of reputation. Neurosci. Res. 72, 283-288.

【略歴】

2003年
ウィスコンシン大 マディソン校 心理学部 卒業

2006年
北海道大学大学院 文学研究科 修士課程修了

2009年
生理学研究所 心理生理学研究部門(総研大) 博士課程修了

2009年
玉川大学 脳科学研究所 ポスドク(学振PD)

2010年−現在
カリフォルニア工科大 ポスドク(海外学振)

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