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体液Naレベルのセンシング〜グリア細胞による ニューロンの制御、
そして疾患

自然科学研究機構 基礎生物学研究所
檜山 武史

 この度は、日本神経科学学会奨励賞という伝統と名誉ある賞を賜り、大変光栄に感じるとともに、身の引き締まる思いです。選考委員会の先生方をはじめ、日本神経科学学会の関係者各位に厚く御礼申し上げます。

 今回受賞の対象となりました研究について簡単に紹介させて頂きます。我々哺乳類の体液Na+レベルは約145mMに維持されています。この恒常性のために脳内では体液Na+レベルが常にモニターされ、塩分摂取行動の制御等に反映されています。例えば、長時間の脱水により体液Na+レベルが上昇すると、我々は喉の渇きを覚えて水分の補給を行うとともに、塩分摂取を避けます(図A)。脳内にNa+センサーがあることは、半世紀近く前に提唱されていましたが、その実体は全くわかっていませんでした。

 90年代の末、基礎生物学研究所の野田研究室では、渡辺英治助手(現基礎生物学研究所准教授)によって電位依存性ナトリウムチャネルと相動性の高い機能不明分子Naxのノックアウトマウスが作成され、脱水時の塩分摂取回避行動に異常が見出だされていました。私の研究は、Naxの開口条件を探ることからスタートしましたが、様々な条件検討の結果、Naxが細胞外のNa+レベルの生理的範囲の上昇を感知して開口し、Na+を通すことがわかりました。引き続いて、ノックアウトマウスの脳内に局所的にNaxの発現を回復させる実験を行ない、Naxが、脳室周囲器官の一つ脳弓下器官(SFO、図B)において、体液Na+レベルセンサーとして機能していることを明らかにしました。興味深いことにNaxは脳弓下器官のグリア細胞(上衣細胞やアストロサイト)に発現していました。そこで、グリア細胞からニューロンに情報を伝える何らかの仕組みが存在すると考えられました。その頃、当時大学院生の清水秀忠さんと共にNaxの細胞内領域に結合する分子を探索していたところ、C末端領域がNa+/K+-ATPaseのαサブユニットと結合していることがわかりました。最終的に、両者の機能的カップリングにより、グリアからニューロンへの乳酸伝達が制御され、神経活動レベルが調節されることが明らかになりました(図C)。以上の研究から、体液Na+レベルが感知されて神経活動が制御されるまでの一連のセンシング機構が明らかになりました。また、原因不明の本態性高Na血症の患者の病因が、Naxを 標的とする自己免疫性の神経疾患(腫瘍随伴性神経疾患)にあることを、モデルマウスを作成して証明することができました。今後は、脳弓下器官内部の神経回 路構造、さらに脳弓下器官から出力された神経情報を行動や神経内分泌、末梢臓器の調節につなげる神経経路を明らかにすることによって脳が生体を調節する機 構を解明して行きたいと考えています。また、活動電位を発生する電荷としてのNa+イオンだけでなく、Na+イオン自体が持つシグナル性に着目して、新しい神経機構の解明を目指したいと考えています。

 

 最後になりましたが、本研究を遂行するにあたり、多くの共同研究の先生方にご指導を賜りました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。私は、故・塚原仲 晃先生に憧れて大阪大学基礎工学部生物工学科に入学しましたが、そこでは神経科学に加えて数理生物やシステム科学について学ぶことができ、貴重な経験とな りました。修士課程まで、葛西道生教授(現大阪大学名誉教授)、田口隆久助教授(現産業技術総合研究所関西センター所長)のご指導の下、シナプス形成過程 におけるグルタミン酸受容体の挙動をシングルチャネル記録により解析する仕事に携わりました。生物物理の研究室において実験装置や手法を工夫する大切さと 楽しさを学ばせて頂いたことが、その後の研究に大いに役に立ちました。そして、本研究は、野田昌晴教授、渡辺英治准教授を始め、現研究室に在籍された研究 員や大学院生の方々のご協力により成し遂げることができました。特に、本賞の推薦者でもあり現在に至るまでご指導を賜っております野田昌晴教授(基礎生物 学研究所)に心より感謝の意を表します。

A
体液の水とNa+のバランス(上)と哺乳類の塩分/水分摂取行動(下)。脱水時には水分を大量に補給すると共に塩分を避ける。
B
マウス脳の冠状断面における脳弓下器官(SFO)の位置。
C
アストロサイトと上衣細胞によるNa+レベルの感知とニューロン制御の仕組みを示す模式図。脱水状態の動物において体液(細胞外液)のNa+濃度が上昇すると(①)、それを脳弓下器官のグリア細胞膜上のNaxチャンネルが感知して開口し、細胞内Na+濃度を上昇させるとともに、直ちにNa+/K+-ATPaseを活性化する。Na+/K+-ATPaseはNa+を 汲みだすために通常よりも多くのATPを消費し、それを補うためにグリアのグルコース(糖)代謝が活性化する(②)。その結果、乳酸が産生・分泌され、隣 接するGABAニューロン(抑制性ニューロン)に取りこまれる。乳酸は代謝され、ATP濃度が上昇することによってKATPチャネルが閉じ、脱分極して発 火頻度が上昇する(③)。本図は上衣細胞を表しているが、Naxを発現するアストロサイトについても同様。また、Naxは上衣細胞の脳室側にも発現し、脳脊髄液のNa+レベルもモニターしていると考えている。
 

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Hiyama, T.Y., Noda, M., 2016. Sodium sensing in the subfornical organ and body-fluid homeostasis. Neurosci. Res. 113, 1-11.

 

【略歴】

1997年
大阪大学基礎工学部生物工学科卒業

1999年
大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程修了

2002年
総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程修了(理学博士)

2002年
基礎生物学研究所 助手

2004年
基礎生物学研究所 助教

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