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2020年度時実利彦記念賞受賞者 鍋倉 淳一 先生

時実賞受賞にあたって

鍋倉 淳一
自然科学研究機構・生理学研究所

権威ある賞を頂く機会を得て、皆様に感謝いたします。長年、パッチクランプ法など電気生理学的手法を用いて受容体やシナプス機能解析、特に発達期や障害時のGABA機能の興奮性―抑制性スイッチや聴覚系抑制性伝達物質のGABAからグリシンへの発達スイッチなど、抑制性シナプスの長期可塑性についてin vitro標本を用いた研究を行ってきました。一方で、研修医時代にリアルタイム超音波断層法が周産期医療に導入され胎児を直接観察することができるようになり、胎児行動学が大きく展開した時期を経験したことや、Lichtman博士のもとで神経筋シナプスの生体イメージング開発に関わった経験から、神経細胞・回路の長期変化を生きた個体で観たいという願望を持っていました。生理学研究所に赴任した当時、河西春夫先生が先駆的に取り組んでいた2光子励起法に出会い、早速その生体応用に取り組みました。当時、生体脳でシナプスが日々新生・消失することが欧米の研究室から報告されはじめた時期で、その制御機構について、なかでも培養系標本でシナプス新生・除去に関すると報告されていたグリア細胞に着目しました。幸いなことに高坂新一先生(国立精神・神経センター)が作成されていたIba1-GFPマウスを使わせて頂くことができ、正常脳ではミクログリアがシナプス選択的に接触し、接触頻度は神経活動依存性であること、障害部位ではシナプス除去を行うことを見いだしました。当時ミクログリアと神経回路の連関は現在ほど注目されていませんでしたが、なんとか論文化することができました。何故ミクログリアは突起をダイナミックに動かす必要があるのかという観点から、未熟脳では神経細胞樹状突起へ接触しフィロポディア新生を促進すること、細胞障害部位に接触し過剰興奮死を抑制することやシナプス伝達を促進し局所回路の同期活動を制御するなどを報告させてもらいました。現在ミクログリアの研究はホットトピックの一つになっていますが、その緒を切れたのも優秀な研究室のメンバーがいたこと、各種遺伝子改変マウスやイメージング技術をタイムリーに得られた幸運に恵まれた賜と感謝しています。
一方で、生体での観察のメリットを生かすために、臨床医療の経験から慢性疼痛や脳梗塞の病態モデルを用いて脳機能の長期変化とシナプス再編についての研究も行ってきました。神経回路再編の制御機構、特にin vitro標本でその重要性が報告されているアストロサイトに注目し、その活動操作などを用いて研究を行っています。最近はヒトへの応用を目指して、慢性疼痛モデルマウスにおいてアストロサイトの再活性化により痛覚関連シナプスの除去と痛覚過敏症状の除去という今後に期待できる結果が得られはじめています。
生理学とは新たな生体現象を提示すること、生体機能分子・細胞の活躍する多くの場を提示することをこれからもライフワークとして研究をすすめて行きます。

鍋倉 淳一(自然科学研究機構・生理学研究所)

学歴:
1981年 九州大学医学部
1987年 九州大学大学院医学研究科

職歴:
1981年  九州大学附属病院研修医
1987年  福岡済生会病院 医長(産婦人科)
1987年  米国ワシントン大学(セントルイス) 研究員
1991年  東北大学医学部助手
1993年  秋田大学医学部助教授
1995年  九州大学医学部助教授
2003年  生理学研究所 教授
2019年  生理学研究所 所長

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