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第31回塚原仲晃記念賞受賞者 安田 涼平先生

「シナプス可塑性の情報伝達機構」

マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所  安田涼平

塚原仲晃先生は、シナプス可塑性と脳の記憶・学習のメカニズムの解明に世界的な貢献をされました。その先生の名前を冠する賞を賜ることは、この上ない光栄と存じます。私たちの研究は、シナプス可塑性の分子メカニズムを単一シナプスレベルにおいて解明することを目標とするものです。

  脳にある多くの神経の樹状突起には、スパインと呼ばれる小さなマッシュルーム型の構造が多数あります。スパインは、ほとんどの興奮性シナプスの受信側を担う構造で、1つの神経に1千個から1万個ほどあります。スパイン上にある神経伝達物質の受容体の数と、スパインの構造を制御することが、シナプス可塑性や学習・記憶の主要な分子メカニズムと考えられています。これまでに、薬学的、遺伝子的な手法によって、1000種類以上の分子がこの過程で重要な役割を果たしていることが明らかになりました。これらの分子はお互いに連絡しあい、複雑な情報伝達ネットワークを作り上げています。シナプス可塑性や学習記憶に関係する分子情報伝達は、瞬間的に起こる電気刺激を、長期的な分子の記憶として保存する機能があります。しかし、その詳細なメカニズムは、まだ解明されていません。

  私たちは、2光子蛍光寿命測定顕微鏡と、その顕微鏡に特化した新しいバイオセンサーを開発することによって、1つ1つのスパイン内部の情報伝達の様子を可視化することに成功しました。この新しい手法によって、刺激を受けたスパインの内部で、どのような情報伝達がおこり、スパインの長期の構造変化を惹き起こしているのかを観察することが可能になりました。まず、スパインが刺激をうけると、カルシウムがスパインに流入しますが、カルシウムの上昇はわずか100ミリ秒以内に減衰してしまいます。この短い時間に、カルシウム感受性のリン酸化酵素であるCaMKIIが活性化され、5-10秒ほど維持されます。CaMKIIは、数々のタンパク質を活性化しますが、なかでも情報伝達分子であるGタンパク質のRas, Rho, Rac, Cdc42などの活性が数十分にわたって起こります。Gタンパク質は、細胞骨格を再構成する役割がありますので、スパインの形状が変化するというわけです。面白いことに、カルシウムの流入がおこるときに、スパインからBDNFと呼ばれる神経栄養因子が放出され、同じスパイン上にある受容体に結合することにより、一部のGタンパク質が活性化されることもわかりました。

  情報伝達は、刺激を受けたスパインにとどまり続けるものもありますが、となりのスパインにまで拡散するものもあります。スパインの構造変化は、刺激を受けたスパインでしか起こらないのですが、となりのスパインでは、次の刺激にたいして、感受性が上昇します。つまり、近隣スパイン同士は、刺激に対して協同性があることが示唆されます。さらに、一部のリン酸化酵素は、長距離にわたって拡散し、核まで届くものもあります。核に情報が届くと、遺伝子の発現が変化し、さらに長期の記憶として貯蔵することができると考えられます。

  これまでに、10種類ほどの分子のセンサーを作り、可視化してきましたが、これをさらに100種類程度まで増やすことによって、情報伝達ネットワークの基本的な性質や動作原理などを説き明かすことができるのではないかと期待しています。また、これまでの研究はほとんど培養した脳切片を使っていましたが、学習している動物で情報伝達の様子を観察することも目標としています。違う分子間のタイミングを測定するためには、2つ以上のシグナルを同時に観察することが鍵となります。最近、私たちの開発した、新しい蛍光色素を使ったセンサーにより、その道も開けてきたと感じています。

  最後に、本研究は、多くの方々に支えられたおかげで、遂行することができました。特に、度重なる失敗にもめげずにチャレンジングな実験を成し遂げてくれたラボの学生やポスドクたちには感謝しても感謝しきれません。また、本研究だけでなくキャリアについて力になってくれた、故木下一彦先生とKarel Svoboda先生には本当に感謝しています。

図: 神経栄養因子BDNFの受容体TrkBのスパインでの活性を2光子蛍光寿命顕微鏡で観察した様子。BDNFは刺激を受けたスパインから放出され、それがスパイン上のTrkBを活性化し、Gタンパク質であるRac1とCdc42を活性化する。

略歴
1998年 慶應義塾大学理工学研究科にて博士号(理学)
2002年 コールドスプリングハーバー研究所 研究員
2005年 デューク大学医療センター神経学科 アシスタントプロフェッサー
2009年 ハワードヒューズ医学研究所 アーリーキャリアサイエンティスト
2012年 マックスプランクフロリダ神経学研究所 ディレクター(現職)

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