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第28回塚原仲晃記念賞受賞者加藤忠史先生
「精神疾患の神経生物学的研究」

第28回塚原仲晃記念賞受賞者 「精神疾患の神経生物学的研究」

理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム シニアチームリーダー 加藤忠史

 この度は、塚原仲晃記念賞をいただき、大変光栄に感じると共に恐縮しております。
 双極性障害や統合失調症などの精神疾患は、慢性に経過し、人生に大きな影響を与える疾患です。現在の治療薬の多くは偶然に発見されたものであり、診断法も面接に頼っています。患者は病気、副作用、そして偏見という三つの苦しみを背負っていると言われ、これを克服するには、原因解明を進め、診断法、治療法を開発する必要があります。動物で100%再現することが難しい精神疾患においては、ゲノム解析、脳画像研究といった臨床研究と、動物モデル等の基礎研究を組み合わせて解明を進めることが重要と思っております。
 私は、臨床研修の後、磁気共鳴スペクトロスコピーを用いて、患者の脳代謝を測定する研究を開始し、双極性障害において、ミトコンドリア病患者と類似した脳内リン代謝の変化を見いだし、その原因を探るため、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の研究を始めました。その結果、患者死後脳において、mtDNA欠失の蓄積が見られることを報告しました(Kato et al., Biological Psychiatry 1997)。
 2001年に現在のチームをスタートさせた際、このミトコンドリア仮説の検証と、仮説に基づかない網羅的解析を平行して行っていくことを考えました。チーム立ち上げに参加してくれたメンバーと共に、脳にmtDNA欠失が蓄積するトランスジェニックマウスを作製したところ、これが双極性障害と類似した行動変化 (Kasahara et al., Molecular Psychiatry 2006) やカルシウムシグナリング変化(Kubota et al., Journal of Neuroscience 2006)を示すことがわかり、現在、その神経回路病態の解明を進めています。一方、網羅的解析では、血液由来細胞や死後脳組織を用いた遺伝子発現解析 (Kakiuchi et al., Nature Genetics 2003)・エピゲノム解析 (Iwamoto et al., Genome Research 2011)、脳の体細胞変異の探索 (Bundo et al., Neuron 2014) などを行うと共に、最近では、全エクソーム解析による双極性障害のゲノム要因の探索なども行っています。
 これらの結果から、双極性障害には、カルシウムチャネル、ミトコンドリア、小胞体など、さまざまな要因の関与による、細胞内カルシウムシグナリングの変化が関与していることが示されつつあります。
 今後は、モデルマウスで見いだされた脳病変を死後脳組織で確認すると共に、患者由来iPS細胞を元に神経細胞を作り、脳内のどの神経細胞のどのような機能変化が病気の原因であるのか、更に詳細に詰めていく必要があると思います。
 受賞の言葉にもかかわらず、今後の研究計画まで述べてしまったのは、私たちが既に何かを解明したとはとうてい言えないからです。そのような私がこの賞をいただくことができたのは、ひとえに精神疾患解明の重要性と解明への期待によるものだと考えております。この賞を、私どもの研究チームへの選考委員の先生方からの応援メッセージと考え、今後、さらに研究に邁進して参りたいと存じます。
 末筆ながら、筆者を研究者として育てていただいた滋賀医科大学名誉教授の高橋三郎先生をはじめ、指導して下さった先生方、日々研究に打ち込んでくれている、笠原和起副チームリーダーをはじめとする精神疾患動態研究チームのメンバー、東京大学分子精神医学講座の岩本和也特任准教授をはじめとする共同研究者の皆様、そして研究に協力してくれた当事者・ご家族の皆様に、心より感謝申し上げます。

【受賞者略歴】
1988年 東京大学医学部医学科卒業、同附属病院医員(研修医)
1989年 滋賀医科大学精神科助手 1994年 博士(医学)(滋賀医科大学)
1995~1996年 文部省在外研究員としてアイオワ大学精神科にて研究に従事
1997年 東京大学医学部附属病院精神神経科助手、1999年同講師
2001年 理化学研究所脳科学総合研究センター精神疾患動態研究チーム・チームリーダー
2009年 同 シニアチームリーダー(現職)
2013年 理化学研究所 主任研究員(現職)

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