2023年度塚原仲晃記念賞受賞者 西村 幸男 先生 受賞の言葉
中枢神経損傷後の機能回復戦略
東京都医学総合研究所脳神経科学研究分野
西村 幸男
このたびは、中枢神経損傷後の機能回復戦略という私の一連の研究活動に対しまして、塚原仲晃記念賞受賞の栄誉を賜り、身に余る光栄に存じます。受賞対象となった研究は脳の柔軟性を示したもので、まさしく、塚原先生が切り開いた研究領域でもあり、その塚原先生を記念した賞を頂けることは大変喜ばしいことと思うと同時に、身の引き締まる思いでもあります。
私の根本的な興味は自身を思い通りにコントロールすること、すなわち随意制御機序であります。それを理解するためのモデルとして身体の随意運動制御を取り上げて、研究を推進してきました。
大学院時代には脊髄運動ニューロンにおける末梢感覚入力と下行路入力の統合過程に興味を持ち、ヒトの運動単位活動を解析していました。横浜国立大学の森本茂先生から、自分の脚の筋肉にワイヤー電極を刺入し、単一運動単位を記録しながら、空いている手で実験装置を操作する、自分で被験者になると同時に実験者になる実験方法を学びました。運動単位の活動電位をオシロスコープとスピーカーで聞きながら、その活動を思い通りに制御できることを実感し、とても感動を覚えたのを記憶しています。博士課程では千葉大学の中島祥夫先生に師事し、随意運動と筋への振動刺激を組み合わせ、それにより生じるヒト単一運動単位の活動から脊髄運動ニューロンで生じる筋紡錘入力由来と下行路入力由来の膜電位を推定する、ディコーディングの研究を行いました。今思えばこれらの研究は、後に行うことになるBrain Computer Interface研究を行うきっかけになったのかもしれません。
博士号取得後の2003年、縁ありまして生理学研究所(現京都大学)の伊佐正先生から薫陶を受ける機会を頂きました。そこでは、脊髄損傷後の機能回復機序についてサルを実験対象にして研究を行いました。当時東京都神経科学総合研究所の尾上浩隆先生(現神戸学院大学)に脳機能イメージング法を習い、それに神経解剖学的手法、薬理学的手法による機能脱失法、急性電気生理実験、行動解析と複数の研究手法で実験を行いました。複数の実験手法で得られた結果を、私は3つの論文に分けて、それぞれまとめようとして図を作成し、伊佐先生に持って行ったところ、伊佐先生はしばしそれを眺めて、「1つの論文にまとめよう」とのことでした。「マジかぁ、、、」。伊佐先生は、マカクサルを使った研究をマウスでのそれの如く、複数の実験手法を組み合わせて得られた結果を隙なく揃えて結論を導き出し、1つの論文にするという研究スタイルです。それに従い、複数の実験方法で得られた結果を組み合わせて、脊髄損傷後には、損傷後からの時期によって、両側の運動関連領域のそれぞれの脳領域が手指の制御に対する貢献度を変えていることを主張し、1つの論文にまとめました。
2007年よりシアトルにあるワシントン大のEberhard Fetz先生に師事しました。そこでは、神経構造同士を3.5x5.5cmのマイクロコンピューターを介して接続し、記録した神経活動に依存した電気刺激を可能とする Neurochipの開発に携わりました。この実験系は、今では多用されているClosed-Loop Stimulationのパラダイムの最初のものでした。私は、Neurochipを用いることで、運動野の錐体細胞の活動依存的に脊髄運動ニューロンを電気刺激することを自由行動下のサルで実現し、脳と脊髄間のシナプス結合の強さを制御できることを示しました(図参照)。この成果は学習や記憶の基盤となるBidirectional Spike-Timing Dependent Plasticityを単一細胞レベルで証明するものとなりました。と、すんなりと述べましたが、この実験には3つの難関がありました。1つ目は、脊髄運動ニューロンに直接投射しているCorticoMotoneuronal cell(CM cell)を自由行動下のサルから数日間連続して記録することでした。ただでさえ、通常の刺入電極を使って中心溝前壁の皮質運動野Ⅴ層を狙ってCM cellを記録しようとしてもそう簡単にはできません。慢性埋め込み電極を設置して、CM cellが記録できなかったらその動物での実験は終了です。2つ目の難関は、サルの頚髄膨大を電気刺激するための電極アレイの作成と埋め込み手術です。
脳と違って脊髄は曲がるし動きます。その脊髄を壊さないように柔らかく細い白金電極を12本束ねた電極アレイを作って、それを1本ずつ、頚髄膨大のⅦ層、Ⅸ層を目掛けて刺入し、動かないようには急速接着剤で固定して、、、等々。1つ目と2つ目の難関を乗り越えると3つ目の難関です。3つ目は、慢性埋め込み電極で脳から記録されるCM cellが支配している脊髄運動ニューロンと脊髄刺激電極からの電気刺激で賦活できる脊髄運動ニューロンが同一であることです。これが同一ではないと振り出しに戻ります、、、。これら3つの難関を乗り越え、データが取れた時には喜びというよりも安堵感でした。Fetz先生は証明したいものに対して純粋です。一方で実験の難易度なんて気にしていないように見えます。そのくらいの気楽さがFetz先生です。困難の中からも新しい光の兆しを得たこともありました。2つ目の脊髄電極埋め込み手術がうまくいかないと、術後、想定外に動物の片手は麻痺し、脊髄損傷モデルサルとなりました。この機会を利用して、脊髄損傷モデルサルの損傷した脊髄の部分をNeurochipで迂回し、運動野と損傷を免れた脊髄とを繋ぐことで、麻痺した手の随意運動機能の再建に成功しました。
2011年に日本に帰国後、Closed-Loop Stimulation人工神経接続を用いた脳の基本作動原理の探求と臨床応用へ研究を進展させました。脳には部位ごとに役割を持つ機能地図があるとされています。しかし、任意の脳領域、例えば体性感覚野を人工神経接続システムを介して手の筋肉に繋ぐと、その脳領域は元々の役割に関わらず、手の運動を制御できるようにその活動を柔軟に変化させることを見出しました。このことは、人工神経接続により新たに神経結合を形成することで、その人工神経接続システムに繋げられた脳領域に新しい機能を付与できることを示しています。臨床応用に向けて非侵襲的な人工神経接続システムを開発も行いました。磁気刺激を用いることで非侵襲的に腰髄にある脊髄歩行中枢を賦活でき、それにより下肢に歩行運動を誘発できることを見出しました。それを基に、上肢の筋肉活動で脊髄歩行中枢を標的とした磁気刺激パターンを制御することで随意歩行を再建できる人工神経接続システムを開発しました。
同時期に、脊髄損傷後の運動機能回復に対する動機付けや報酬を司る側坐核の役割についての研究も行いました。その研究では、脊髄損傷後の回復初期には、損傷前には見られない側坐核から運動野へ伝えられる神経活動が出現し、その活動が手指の巧緻運動の遂行に関与すること示しました。この結果は、運動機能の回復が完全ではない回復初期に、麻痺している身体の運動を制御するためには頑張りや努力が要することを意味し、リハビリテーションに心理的要因を考慮することが重要であることの神経科学的根拠を示すものとなりました。この研究では、側坐核と運動野の活動を同時記録し、数理解析で側坐核から運動野の情報の流れを見出し、薬理学的手法で2つの脳領域間の情報伝達と行動との間に因果性があることを導き出すという、複数の実験手法を組みわせて1つの結論を導き出す“伊佐”的手法が用いられました。
現在、私は、中枢神経損傷患者の機能回復に対する人工神経接続システムの有効性を検証する臨床研究、運動機能と体性感覚機能を同時に再建する人工神経接続システムの研究開発を推進しています。また、神経活動の自己制御と人為的な神経活動操作による心-身体連関の神経基盤を解明する研究も推進しています。このような研究を推進することで、運動制御に関わる神経回路に収束する入力信号の基本原理の理解、それに基づいた中枢神経損傷後の機能回復戦略を提案・実践してまいります。また、初心に帰って、これからの研究人生を楽しみたいと思っています。
末筆ながら、この場を借りて、私を研究者として育てて頂きました先生方に感謝申し上げます。伊佐先生からは研究を完遂する力強さを学びました。尾上先生からは丁寧に研究推進することの重要性を学びました。Fetz先生からは大胆な研究デザインの組み立て方を学びました。森本先生からは研究者に必要な魂を注入して頂きました。それぞれの先生から学んだことは現在の私の拠り所となっています。同様に、日々の研究活動において喜怒哀楽を共にし、成果を築き上げてきた東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクトのメンバー、前々所属先の生理学研究所 旧認知行動発達機構研究部門のメンバーに心より感謝申し上げます。
西村 幸男
略歴
2003年 千葉大学大学院医学研究科修了
2003年 自然科学研究機構生理学研究所 研究員
2007年 ワシントン大学客員 研究員
2009年 科学技術振興機構 さきがけ専任研究員
2011年 自然科学研究機構生理学研究所 准教授
2016年 京都大学大学院医学研究科 准教授
2017年より 東京都医学総合研究所 脳機能再建プロジェクト プロジェクトリーダー