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2022年度塚原仲晃記念賞受賞者 大木 研一 先生 受賞の言葉

「2光子機能イメージング法の開発と視覚野の機能構築の研究」

東京大学 大学院医学系研究科・ニューロインテリジェンス国際研究機構
・Beyond AI研究推進機構 教授
大木 研一
このたび、2光子機能イメージング法の開発と視覚野の機能構築の研究につきまして、塚原仲晃記念賞という大変名誉ある賞をいただけたましたことを大変光栄に思います。私が大学時代に最初に読んだ神経科学の本が塚原先生の「脳の可塑性と記憶」で、その時以来、塚原先生は憧れの存在でしたので、今回の受賞を心から光栄に思います。学部・大学院・助教のときに御指導いただいた宮下保司先生、河西春郎先生、留学先で御指導いただいたClay Reid先生、ならびに九州大学・東京大学で研究室を持たせていただいてから一緒に研究を楽しんでいるラボメンバーの皆様、共同研究をさせていただいている先生方に心から感謝申し上げます。
学部学生のときに、東京大学医学部第一生理学教室(現・統合生理学教室)に入門し、宮下先生に師事し、最初に教えていただいたのは、新規に学習したフラクタル図形に反応するサル側頭葉のニューロンを発見したときの話でした。さらに、対連合学習をさせたときにペアをコードするニューロン、ペアを想起するニューロンが出来てくることを伺いました。それを伺って最初に考えたのは、これらのニューロンの間にはどのような神経回路があって、それぞれのニューロンの機能が実現されているのだろうということでした。このことを調べるにはどうしたら良いか宮下先生にお伺いしたところ、Perkelら(1967)のニューロンの発火列の相互相関解析法の論文と、外山敬介先生、木村實先生、田中啓治先生がこの方法を一次視覚野の神経回路に適用した論文を紹介して貰いました。その時から、多細胞の神経活動を同時に記録し神経回路を解明することは私の夢となりました。
同じく学部学生のときに、細胞レベルでのイメージングについて習いたいと思い、同教室の助教授だった河西先生に師事し、カルシウムイメージング、アンケ―ジングなどの手法を教えていただきました。Fura2-AM等を使った培養細胞からのイメージング実験を通して、イメージングを使って、生きている動物の細胞集団から同時記録を行うことが出来ないかと考えるようになりました。また、そのような細胞集団からの同時記録を用いて、動物が見ている景色、思い描いている風景をデコーディングすることは出来ないかと考えて大学院に入学しました。それ以来一貫して、神経細胞の集団の活動を計測する技術の開発とそれを用いた視覚情報処理の理解に取り組んできたことになります。
当時、イメージングを用いて生きている動物から細胞レベルで活動を計測するという方法はなかったため、ヘモグロビンのシグナルの光計測に取り組み、視覚野の大域的な機能構築を調べました(Ohki et al., 2000)。しかしながら実験してみてわかったのは、シグナルのS/Nが低く、細胞集団の活動計測からは程遠いということでした。
その後大きな転機となったのはハーバード大学のClay Reid先生の研究室への留学でした。Reid先生は、ニューロンの発火列の相互相関解析法を用いて、外側膝状体から一次視覚野の単純細胞への詳細な神経回路を解明し、単純細胞の受容野を作る神経回路を解明していました。その研究に憧れReid先生に連絡を取ったところ、ちょうど2光子イメージングを立ち上げようとしているところなのでやってみないかと言われました。その頃、河西先生が東大教授として戻って来られて、河西先生からも2光子イメージングで生きた動物から細胞活動を計測する可能性についてお伺いし、その可能性に注目していたところでしたので、2光子イメージングを使って細胞集団の活動を記録し神経回路を調べてみたいと思い留学を決めました。
ハーバードに到着して早速、2光子顕微鏡を立ち上げ、ラットの一次視覚野から2光子カルシウムイメージングを行う実験に着手したのですが、最初に問題となったのはカルシウム指示薬を多数の細胞に導入する方法がないということでした。当時、生きている動物の脳で多数の細胞にカルシウム指示薬を導入する方法として考えられていたのは、(1)デキストランにカルシウム指示薬を結合させたものを細胞外空間に注入し細胞に取り込ませる方法、(2)金属粒子にカルシウム指示薬を付着させて、遺伝子銃を使って細胞内に打ち込む方法、(3)カルシウム感受性蛍光タンパク(GECI)を遺伝子導入する方法でした。最後の方法は、当時まだ生きた動物の脳細胞の活動を計測するにはGECIの性能が不十分でした。(1)の方法を試してみたところ、細胞にカルシウム指示薬を取り込ませることは可能でしたが、指示薬の濃度が十分高くなりませんでした。(2)の方法も試してみたところ、何度やってもうまく行かず、毎日開頭手術をしては遺伝子銃で脳をふっとばして、がっくりして帰るということを繰り返していました。
Reid先生からは、いい方法が無さそうだからとりあえずカルシウムイメージングは諦めて別の事をやろうと提案されたのですが、留学の最大の目的でもあったので諦めがつかず、別の方法を模索したところ、北米神経科学会の抄録で、ドイツのArthur Konnerthの研究室から、AMエステル型のカルシウム指示薬を使って、多数の細胞に同時に導入する方法が報告されていました。学部時代に河西先生の研究室で同じカルシウム指示薬を使った経験がありましたので、この方法はうまく行きそうだと思い試してみたところ、最初の実験で多数の細胞に指示薬を導入することができました。当時この方法がすぐに普及しなかった理由としては、(1)AMエステル型の指示薬は、幼若期の標本では使えるが、大人の標本では使えないと考えられていた、(2) DMSOを高濃度で使用していて細胞毒性が強いと考えられた、(3)技術的な問題として、習熟するまでは指示薬の導入に失敗することが多い、などが考えられます。最初の実験でうまくいき、先に進むことができたのは幸運でした。
カルシウム指示薬の導入はうまくいったので、神経細胞の活動記録に取り組み、自発活動の計測、電気刺激に対する応答の計測、視覚応答の計測までは順調に進んだのですが、一次視覚野に特徴的な方位選択的な視覚応答を計測することが出来ず、その原因に思い悩みました。当時はまだ神経細胞の活動とカルシウム指示薬のシグナル変化の関係がわかっていませんでした。神経細胞の活動と細胞内カルシウム濃度が、ほぼ線形に相関することは知られていましたが、カルシウム指示薬のシグナル変化とカルシウム濃度の関係は線形ではなく、カルシウム濃度の高いところで指示薬のシグナル変化は飽和します。従って、もし1、2発活動電位が出ただけで指示薬のシグナルが飽和してしまえば、細胞が弱く反応した場合も強く反応した場合も同程度のシグナル変化を示すため、方位選択性が見えなくなるのではないかと危惧されました。また前述のように、DMSOの濃度が高いため神経細胞が正常な反応を示さない可能性も考えられました。
実験を始めてから1年少々経った頃、ついに初めてラットの視覚野から神経細胞の方位選択的な活動を2光子カルシウムイメージングで計測することに成功しました。異なる傾きをもつ縞模様を繰り返し同じ順番で提示したところ、毎回、同じ方位選択性をもって反応することが観察されました。これを見た時の驚きは今でも忘れることができません。隣の細胞を選ぶと別の方位選択性を示し、やはり刺激の繰り返しに対して毎回同じ方位選択性をもって反応していました。シグナルのS/Nも驚くほどよく、1回の試行だけでも方位選択性は明らかでした。このころの実験では約100個の細胞からしか記録を取っていませんでしたが、これを数百個にスケールアップすることは容易だと思われました。何百個の神経細胞から同時記録し、単一細胞の分解能を持ち、1回の試行で反応選択性を調べられるほど良いS/Nを持つ記録法-それがもたらす神経科学研究への影響は測り知れないと思い、深夜の実験後に、冬のボストンのロングウッド通りを興奮して歩いたことは、忘れられない記憶として残っています。
初期の実験で方位選択性を得ることが出来なかった理由は、麻酔が最適でないことにあったということが後日わかりました。また、使用したカルシウム指示薬のダイナミックレンジが、大脳皮質の神経細胞の方位選択性を見るのに丁度適していたのは幸運でした。
この方法を使って、大脳皮質の局所回路(~1 mm)にある全ての細胞の反応選択性を、単一細胞レベルの分解能で調べることが可能になりました (Ohki et al., 2005)。この方法を用いれば、数千~数万の細胞の反応を同時に調べられるだけでなく、それらの細胞が局所回路内でどこに位置しているか精密に調べることができます。したがってこれ以降、(1)細胞レベルでの機能構築、(2)神経細胞の反応選択性と局所回路の関係:2光子イメージングで記録した細胞を同定して、それらの間の結合関係を調べる、(3)細胞型による機能の違い:特定の細胞型を標識して、細胞型ごとの反応選択性を調べる、(4)細胞集団による情報表現などを調べることが可能になりました。
これにより、視覚野の機能構築は、げっ歯類と高等哺乳類で、本質的に異なることが示されました(Ohki et al., 2005)。この方法は世界中で広く使われるようになり、神経科学の研究にブレークスルーをもたらし、その発展に大きく貢献しました。さらに、この方法を用いて長く解決を待たれていたネコの視覚野のpinwheel centerの機能構築を解決し(Ohki et al., 2006)、マウスの視覚野のミニコラムに対応する機能構築を解明しました(Kondo et al., 2016)。
げっ歯類と高等哺乳類で機能構築が全く異なるという発見は、何故違う種では異なる神経回路が発生してくるのかという発生・発達への研究につながりました。ます、一次視覚野の神経細胞がどのように機能を獲得するのかという問題に取り組み、方位選択性の初期形成には神経活動は必要なく(Hagihara et al., 2015)、どの神経幹細胞から分化したかによって(部分的には)決まることを発見しました(Ohtsuki et al., 2012)。従って、神経幹細胞の分化の様式が、げっ歯類と高等哺乳類で異なることが、機能構築の違いに繋がっているのではないかと考えていますが、高等哺乳類での発生・発達の研究は難しく、今後の課題となっています。
さらに、大脳皮質の精密な領野間結合がどのように形成されるのかという問題に取り組みました。従来の研究では、網膜から一次視覚野までの神経回路形成については詳細に調べられてきましたが、大脳皮質の領野間をつなぐ無数の結合がどのようなメカニズムにより大脳内部で精密に混線なくしかも短期間に配線されるのか分かっていませんでした。生まれてすぐのマウスの神経回路を調べたところ、大脳皮質の領野間結合が形成される前に、網膜と一次視覚野・多数の高次視覚野をつなぐ並列モジュールが先に形成されることがわかりました。さらに、この並列モジュールを伝播する網膜由来の自発活動により、網膜の場所をあらわす情報が一次視覚野および多数の高次視覚野に伝えられ、これが教師信号となって、大脳皮質の領野間結合が精密に形成されることを発見しました(Murakami et al., 2022)。
現在さらに視覚野の研究と人工知能を融合させる研究にも取り組んでいます。まず深層学習を応用し、神経細胞の活動をニューラルネットワークに写し取って解析する技術を開発し(Ukita et al., 2019)、さらに視覚野の神経細胞集団の活動から動物が見ている画像を再現する方法を開発しました(Yoshida et al., 2020)。大学院に入るときに夢見たことがようやく実現に近づいてきたことになります。現在これらの手法をさらに発展させ、神経細胞の活動をダイナミクスも含めてニューラルネットワークに写し取る技術を開発し、次世代人工知能の開発を目指しています。
最後になりますが、私が最初に抱いた夢-イメージングを使って、生きている動物の細胞集団から同時記録し神経回路を解明することが一部でも実現できたことは全て、今まで指導していただいた先生方、先輩や同僚、共同研究者、独立してからのラボメンバーのお蔭です。今では、システム神経科学と細胞生理学の境界も無くなって来ていますが、学部・大学院のときに、宮下先生からシステム神経科学を、河西先生から細胞生理学を学べたことは、細胞レベルでのイメージング技術を開発する上で欠かせないことでした。またReid先生には、私の研究を全面的にバックアップしていただき、最後にはラボ一丸となって研究に取り組んだことは忘れられない楽しい思い出になっています。神経回路の解明という点ではまだ道半ばですが、今後もラボメンバーと楽しく研究を進められればと思っています。
大木 研一
略歴
1996年 東京大学医学部医学科卒業
2010年 九州大学大学院医学研究院教授
2016年 東京大学大学院医学系研究科教授
2018年 東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構主任研究員兼任
(2023年、副機構長兼任)
2020年 東京大学Beyond AI研究所教授兼任
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