[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

2023年度時実利彦記念賞受賞者 今水 寛 先生 受賞の言葉

ニューロイメージング・心理実験・計算論の融合によるヒト適応メカニズムの解明

東京大学大学院人文社会系研究科 兼 国際電気通信基礎技術研究所・認知機構研究所 今水 寛
長年,神経科学に携わってきた者として,権威ある賞をいただき,大変嬉しく思います.選考委員ならびに日本神経科学学会の皆様に御礼を申し上げたいと思います.受賞に関連する主な研究概要は図にまとめました.内容の詳細は論文・著書などに譲り,これまでを振り返って,自分なりに特徴的と思う点を述べさせていただきたいと思います.
いろいろな分野を融合することに務めてきましたが,やはり脳機能マッピングが中心にあったように感じます.「マッピング」はあまり良い意味で語られることはないですが(光ったからどうした?),可視化・画像化することで,全体の見通しが良くなり,理解が進むことは間違いないと思います.研究者としてのキャリアを開始して間もない1995年に,機能的磁気共鳴画像(fMRI)法に出会えたのは幸運でした.初めてfMRI装置の中に入ったときのことは,今でも良く覚えています.実験が終わり,15分も経たないうちに,自分の脳活動が明瞭な「画像」として見えたときには,心の底から感動しました.もともと地図を見たり,書いたりすることは好きでした.心理学で学んだ知識をもとに課題を考え,心の機能を描き出すことには格段の魅力を感じました.一方で,脳機能マッピングでは,それらしい画像が出来上がってしまうことの危険性も認識すべきだと思います.画像はあくまで見取り図であり,その背後にあるメカニズムを理解するために必要な段階と考えています.
メカニズムを理解する上で,計算的神経科学やシステム工学は強力な手段となりました.大学院を卒業してすぐに,国際電気通信基礎技術研究所(ATR)に着任しました.文学部出身の自分に務まるか,甚だ不安でしたが,川人光男氏,宇野洋二氏から計算論的神経科学を学び,文学部なりの理解の仕方を身につけ,実験のデザインや脳画像の解析に活かしてきました.ATRから東京大学に戻る前後では.新学術・身体性システム/超適応でご一緒させていただいた太田順先生や浅間一先生から,システム工学の考え方を学び,両先生を交えて神経科学の仲間と議論する時間は貴重でした.異なる分野の融合では,初めは歯車を合わせる苦労がありますが,その段階を越えて,歯車が回り始めると,予想もしない成果を得られることがあります.最近では,仏教哲学との共同プロジェクトも始まり,これからを楽しみにしています.神経科学を基軸にして,新たな分野と接触する試みは今後も続けたいと思います.
私の興味の根本には,人間が変わりゆく様をつぶさに観察し,その原因を探ることがあったと思います.神経科学を基本としているので,要素に還元することは行いますが,なるべく「人間」を細かく切り刻まずに,全体として理解したいと考えてきました.全脳レベルのネットワーク解析は,そのような考えに沿っていたと思います.学習や適応の実験では,短時間のうちに人間の行動や脳活動が変わります.そのダイナミックな変化には,無限の力強さと可能性を感じます.人間はどこまで変わることができるのか,その原動力は何なのか,まだまだ解らないことばかりですが.今後も追求を続けて行きたいと思います.
最後になりましたが,これまで指導を賜った先生・研究所の上司の皆様,共同研究をさせていただいた数多くの同僚・研究者の皆様,共に学び,多くのことに気づかせてくれた学生のみなさん,研究支援をしてくださった方々に心より感謝申し上げます.今回の受賞は,ほんとうに皆様のおかげと思います.
図の説明
受賞に関連する主な研究成果(右上の数字は掲載論文の番号)
掲載論文
  1. Imamizu, H. et al. Human cerebellar activity reflecting an acquired internal model of a new tool. Nature 403, 192–195 (2000).
  2. Imamizu, H., Kuroda, T., Miyauchi, S., Yoshioka, T. & Kawato, M. Modular organization of internal models of tools in the human cerebellum. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 100, 5461–5466 (2003).
  3. Kim, S., Ogawa, K., Lv, J., Schweighofer, N. & Imamizu, H. Neural Substrates Related to Motor Memory with Multiple Timescales in Sensorimotor Adaptation. PLoS Biology 13, e1002312-23 (2015).
  4. Yamashita, M., Kawato, M. & Imamizu, H. Predicting learning plateau of working memory from whole-brain intrinsic network connectivity patterns. Scientific Reports 5, 7622 (2015).
  5. Yamashita, M. et al. A prediction model of working memory across health and psychiatric disease using whole-brain functional connectivity. eLife 7, 1898 (2018).
  6. Megumi, F., Yamashita, A., Kawato, M. & Imamizu, H. Functional MRI neurofeedback training on connectivity between two regions induces long-lasting changes in intrinsic functional network. Frontiers in Human Neuroscience 9, 1–14 (2015).
  7. Yamashita, A., Hayasaka, S., Kawato, M. & Imamizu, H. Connectivity Neurofeedback Training Can Differentially Change Functional Connectivity and Cognitive Performance. Cerebral Cortex 27, 4960–4970 (2017).
  8. Ohata, R. et al. Sense of Agency Beyond Sensorimotor Process: Decoding Self-Other Action Attribution in the Human Brain. Cereb Cortex 30, 4076–4091 (2020).
  9. Ohata, R., Asai, T., Imaizumi, S. & Imamizu, H. I Hear My Voice; Therefore I Spoke: The Sense of Agency Over Speech Is Enhanced by Hearing One’s Own Voice. Psychol Sci 33, 1226–1239 (2021).
今水 寛
東京大学大学院人文社会系研究科 兼 国際電気通信基礎技術研究所・認知機構研究所
略歴
1992年 4月〜1996年9月 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)奨励研究員
1995年2月 東京大学大学院人文社会系研究科心理学博士課程 博士 (心理学) 取得
1996年10月〜2001年9月 科学技術振興事業団・川人学習動態脳プロジェクト 計算心理グループリーダー
2001年10月〜2003年4月 ATR人間情報科学研究所 主任研究員
2003年 5月〜2010年3月 ATR脳情報研究所・認知神経科学研究室 室長
2010年 4月〜現在 ATR認知機構研究所 所長
2015年 9月〜現在 東京大学大学院人文社会系研究科 教授
2019年 4月〜現在 東京大学大学院工学系研究科付属人工物工学研究センター 教授(兼任)
研究概要
人間は新たな環境に置かれたとき,さまざまなことを学習し,行動パターンを変え,環境に適応する.本研究課題では,ニューロイメージング・心理実験・脳の動作原理を解明する計算論を組み合わせ,人間の優れた適応能力を支えるメカニズムの究明とその応用研究を行ってきた.
PAGE TOP