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2021年度塚原仲晃記念賞受賞者 南本 敬史 先生 受賞の言葉

「霊長類脳回路の可視化と操作による機能理解」

量子科学技術研究開発機構・脳機能イメージング研究部・システム神経回路研究グループ
南本 敬史
私は塚原仲晃先生のあとを引き継がれた大阪大学大学院基礎工学研究科の村上富士夫先生の研究室に大学院生として在籍していたこともあり、本賞を賜ることは、大変光栄に思うと同時に身の引き締まる思いです。
私は脳の高次機能、特に意思決定や意欲制御とその破綻のしくみについて、システム神経生理学的に理解することを目指しています。大学院生時代に木村實先生の研究室(当時は阪大健康体育部)で行動課題を行っているサルの脳から単一の神経細胞活動を記録・解析し、また神経活動を薬理学的に抑制することで行動がどの様に変わるのかを丹念に調べる重要性を学びました。ご存じのように、近年では齧歯類を対象として光遺伝学などの遺伝学的な操作技術により、神経活動と行動との因果関係を明らかにすることで脳のシステム的理解が一気に進んでいます。一方、霊長類を対象とした遺伝子導入技術は発展途上であり、使用できる個体数が限られるサルでは、このような最新技術の適用が進まず、高次脳機能を支える脳ネットワークの因果的な理解が立ち遅れていました。今回受賞対象となった一連の研究開発は、これらの課題をクリアし、霊長類の高次脳機能理解を加速させる有効なアプローチになることが期待されます。
私は学位取得後に海外留学を経て、2008年に現所属である量研(当時は放射線医学総合研究所)で、陽電子断層撮影(PET)などイメージング基盤を活用した新たな研究を立ち上げるチャンスを得ました。そこで私は、サル遺伝子導入技術とイメージングとの融合を指向し、当時発表されたばかりのDREADDs(designer receptors exclusively activated by designer drugs)と呼ばれる化学遺伝学技術に着目しました。これは人工受容体を標的の神経細胞に発現させることで、選択的に作用する活性化剤の末梢投与という簡単な方法で、その活動を一定時間操作(賦活あるいは抑制)することができる手法です。私達は人工受容体に高い親和性を示すPETプローブを見出し、サル脳内局所の神経細胞に発現させた人工受容体を生体で画像化するPETイメージング法を創出しました。これにより遺伝子導入の可否をサルが生きた状態で知ることができ、結果サルへのDREADDs適用を世界に先駆けて成功させることにつなげました。さらに、従来のDREADDs活性化薬剤の100倍の効果を示し、かつ副作用のない新規活性化剤を開発し、神経活動操作の安全性と確実性を格段に向上させました。これらを応用し、霊長類で特に発達している前頭前野外側部から視床と線条体に伸びる2つの神経経路に人工受容体を導入して、「見て」「操作する」ことにより、それらの経路が別々の機能を担うことを明らかにしました(図)。さらにDREADDsと機能イメージング法を組み合わせ、特定の神経回路を操作した際に生じる行動―脳ネットワーク活動変容を対応付けることで、ネットワーク動態の因果性を理解できるようになりました。このような霊長類脳回路を可視化して操作する技術は、高次脳機能理解を加速させる魅力的なアプローチとなることに加えて、将来的な脳疾患治療法としても有望です。私たちは現在、ヒト疾脳患理解や医学応用に向けた取り組みも進めています。
図:サル背側外側前頭前野の神経細胞に導入した抑制性DREADD受容体が軸索終末部で発現した様子をPETで画像化したもの。投射先の尾状核(矢印)で高いシグナルとして確認される。
このような一連の技術開発と研究への展開は、多くの先生方のご指導とお力添えなしには果たすことはできませんでした。木村實先生には、常にデータや観察から学ぶ姿勢と他分野の人と繋がって議論することの大切さ・楽しさを教えていただきました。Barry J Richmond先生にはポスドク時代の指導に加え、DREADDsの共同研究やコミュニティーへの普及においてサポート頂きました。また量研の同僚の方々、特に研究グループの優秀な研究員・技術員メンバーに、研究の立ち上げから現在に至るまで全面的に支えて頂きました。この場をお借りして感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
南本 敬史
略歴
2002年 大阪大学大学院 基礎工学研究科にて博士号(理学)取得
2002年 京都府立医科大学大学院生理学教室 ポスドク
2004年 米国国立衛生研究所(NIH) ポスドク
2008年 放射線医学総合研究所分子イメージング研究センター主任研究員
2010年 同上 チームリーダー
2016年 国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 チームリーダー
2019年 同上 グループリーダー(現職)
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