[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

2024年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 村上 知成 先生

視覚経路をモデルにした哺乳類脳神経ネットワークの形成メカニズム探求

東京大学大学院医学系研究科 統合生理学教室
村上 知成
この度はこのような名誉ある賞をいただき、大変光栄に思います。選考委員の先生方,ならびに日本神経科学学会の関係者の方々に厚くお礼申し上げます。
私は九州大学の学部4年生から一貫して大木研一先生の研究室に所属し、マウス、ネコ、マーモセットの視覚野をモデルに、視覚情報がどのような神経回路で処理されているか、そして発達期においてその情報処理回路がどのように形成されているかを研究しています。
私が神経科学の世界に初めて触れたのは九州大学の学部3年生の時でした。ハーバード大学から帰国し、九州大学の教授に着任されたばかりの大木先生の講義を、幸運にも1対1で約2時間お聞きすることができました。その時に、脳内での視覚情報処理研究の歴史から、大木先生が開発された生体脳で個々の神経細胞の活動を観察できる二光子イメージングや神経活動を光で操作できる光遺伝学、遺伝子改変マウスなど、世界最先端の技術について網羅的にお話ししていただき、神経科学の面白さに一気に魅了されました。
 そこから当時研究室を主宰されて1年も経っていない大木先生の研究室に加えていただき、神経科学の研究をスタートしました。神経科学どころか研究自体何もわかっていない状態からのスタートでしたが、現在も国内外含め第一線で活躍されている素晴らしい研究室の方々にご指導いただける幸運にも恵まれました。そして生体脳イメージングや様々な実験手法を学ぶだけでなく、まだ明らかになっていない神経科学の謎について思考を深める中で、複雑な脳の神経回路がどのように形成されるのか、その発生メカニズムを理解したいと思うようになりました。
  大脳皮質にはヒトで約180、マウスでも40以上の領野が存在し、これらの領野間を結ぶ精密な神経結合によって神経ネットワークが構成されています。脳は発達期においてその複雑な構造を大きな個体差もなく安定して作ることができ、このメカニズムを完全に理解することは神経科学分野の大きな目標の一つです。神経ネットワークの発生は以前から盛んに研究されていましたが、末梢から視床核を介して皮質一次感覚野に至るまでの低次経路に留まっており、大脳皮質の高次領野や他の視床核を含む神経ネットワーク全体で、無数の神経結合がどのように混線なく配線されるのかについてはほとんど分かっていません。高次視覚野を含む視覚神経ネットワークの形成過程については著名な視覚の教科書にも全く記述がなく、私は神経回路発生の分野に欠けているこの大きなピースを埋めたいと思いました。そして修士課程から続けた研究が実を結び、マウス視覚経路において高次視覚野まで含む回路全体での解剖学的な形成過程を明らかにし、その中で高次視床核が新たなキープレーヤーとして働いていることを発見しました。現在はこの成果を基に、視覚野の機能獲得における高次視床核の役割や、皮質間結合を制御する分子メカニズムについて研究を進めています。
以上のように私がこれまで、そしてこれからも自身の解きたい課題に対して研究を続けることができているのは、多くの先生方や共同研究者からのご指導とご支援の賜物です。成果が出るまで10年もの長い時間がかかったにも関わらず、自由に研究を続けさせてくださった大木研一先生、常に面白いテーマだと励まし、議論に付き合ってくださった松井鉄平先生(当時は大木研究室講師、現 同志社大学教授)、大木研立ち上げ時から全く何もわかっていない私に、初めの1歩目から実験指導してくださった吉田盛史先生(大木研究室講師)、また研究室内外のお世話になった皆様にこの場を借りてお礼を申し上げます。そして、これまで私の研究生活を支えてくれた家族に心からの感謝の意を表します。
略歴
2012年 九州大学・医学部・生命科学科 卒業
2017年 九州大学・大学院医学系学府 博士課程終了(Ph.D.)
2019年 東京大学・大学院医学系研究科 助教
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