2024年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 小池 佑佳 先生
TDP-43の核内機能喪失と筋萎縮性側索硬化症/前頭側頭型認知症 (ALS/FTD)
関連遺伝子をつなぐ分子機序の解明
新潟大学脳研究所 脳神経内科/分子神経疾患資源解析学分野
小池佑佳
この度は、日本神経科学学会奨励賞を賜り、大変光栄に感じております。選考委員の先生方と神経科学学会関係者の皆様に心より御礼申し上げます。また、これまでに数々のご指導・ご支援を頂きました、新潟大学脳研究所 脳神経内科学分野 小野寺理教授と、同研究所分子神経疾患資源解析学分野、脳神経内科学分野の諸先生方、留学先であったMayo Clinic Floridaの Leonard Petrucelli教授、Mercedes Prudencio准教授及び研究室の皆様、これまでの共同研究者の先生方に、この場をお借りして深謝申し上げます。
私は神経内科医であり、神経疾患の患者さんの診療に携わりながら、神経難病の病態を解明することを目指して、日々研究に励んでいます。私にとって、病態神経科学との最初の出会いは、医学科4年次の基礎研究実習でした。分子神経疾患資源解析学分野の小野寺理准教授 (当時) の研究グループで、脳小血管病の病態研究に触れる機会がありました。その時に、まだ治療法が確立していない、神経難病の病態を、分子生物学の側面から解明し、病態に沿った根本的な治療アプローチを見出していくことの重要性とその奥深さを感じました。大学卒業後、新潟大学の脳神経内科に入局し、臨床医としての研鑽を積む中で、神経疾患の病態解明への思いをさらに強くしました。そして、大学院博士課程に進み、神経変性疾患の分子病態研究を開始しました。
博士課程時代は、小野寺先生や分子神経疾患資源解析学分野の諸先輩のご指導の下、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の病態研究に夢中で取り組みました。難治性進行性の神経変性疾患である、ALSと前頭側頭型認知症 (FTD) では、核蛋白であるTAR DNA-binding protein of 43kDa (TDP-43) の核からの消失と細胞質における凝集体の形成を病理学的特徴とします。このTDP-43は、正常では、自身をコードするTDP-43 メッセンジャーRNA (mRNA) をはじめ、複数のRNAのスプライシングを制御します。私達は、TDP-43によるスプライシング制御と、エピジェネティクスの関連に着目しました。その中で、TDP-43発現量の調節に関わる領域 (自己調節領域) のDNA脱メチル化が、TDP-43 mRNAのスプライシング異常を介し、TDP-43量を増加させることを示しました。さらに、同脳研究所病理学分野 (柿田明美教授) から凍結脳標本のご供与を頂き、ヒトの運動野では、加齢に伴い、TDP-43量の自己調節領域が脱メチル化し、TDP-43発現量が増加していること、及び、ALSの運動野では、その領域が脱メチル化するほど発症年齢が若くなることを見出しました。
大学院卒業後に、Mayo Clinic Florida、神経科学部門のLeonard Petrucelli教授の下に留学する機会を得ました。Petrucelliラボでも、引き続き、TDP-43によるRNAスプライシング制御の研究に取り組み、ALS/FTDのリスク遺伝子であるUNC13Aの一塩基多型 (SNP)とTDP-43蛋白の機能障害を結ぶ機序を明らかにしました。具体的には、まず、ALS/FTD患者脳由来のTDP-43が枯渇した神経細胞核では、UNC13A mRNAの異常スプライシングが増加していることを見出しました。さらにUNC13A スプライング部位近傍にSNPが存在すると、核内TDP-43のUNC13A RNAに対する結合能を低下させ、異常スプライシングを増強し、ALS/FTD患者の生存期間の短縮に繋がることを示しました。UNC13A のみならず、TDP-43の核内機能低下と連動する「異常スプライシング現象」は、将来的に、診療の場で、有効な診断ツールとなる可能性を秘めています。博士課程の研究経験から得られた知見や技術を、留学先で活かせる機会に恵まれたことはとても幸運だったと思います。
帰国後、新潟大学脳研究所分子神経疾患資源解析学分野の助教に採用頂き、神経変性疾患の研究を継続しております。今後は、これまでの経験を糧に、ALS/FTDに限らず、神経難病の病態解明や診断バイオマーカーの確立に向けた研究に取り組みたいと思います。今回の受賞を励みに、微力ながら、病態神経科学分野における研究の発展と後進の育成に全力を尽くしていく所存です。引き続き、日本神経科学学会の皆様からのご指導ご鞭撻を宜しくお願い申し上げます。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Koike, Y, 2024. Molecular mechanisms linking loss of TDP-43 function to amyotrophic lateral sclerosis/frontotemporal dementia-related genes. Neurosci. Res. In Press
略歴
2010年 |
新潟大学医学部医学科卒業 |
2010-12年 |
新潟市民病院にて初期臨床研修 |
2012-16年 |
新潟大学脳研究所脳神経内科に入局、新潟大学医歯学総合病院や長岡赤十字病院、新潟県立新発田病院にて、神経内科研修 |
2015-2019年 |
新潟大学医歯学総合研究科博士課程 (2019年修了、医学博士) |
2019-2020年 |
新潟大学脳研究所脳神経内学分野 特任助教 |
2020-21年 |
Mayo Clinic Florida、神経科学部門、リサーチフェロー |
2021-23年 |
同、シニアリサーチフェロー |
2023年-現在 |
新潟大学脳研究所分子神経疾患資源解析学分野 助教 |
新潟大学脳研究所脳神経内科/分子神経疾患資源解析学分野のラボメンバー
(前列 左から2番目が筆者)