2024年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 萩原 賢太 先生
情動記憶の制御を担う扁桃体回路の同定
Allen Institute for Neural Dynamics
萩原 賢太
この度は名誉ある奨励賞を賜り大変光栄に感じています。選考委員ならびに学会関係の先生方、これまでの指導教員の先生方、共同研究者の方々、議論をしていただいた数々の同業者の方々に心より感謝申し上げます。
私が神経科学研究を始めるに至った経緯は完全に偶然という他ありません。昔から何かにつけて「なぜ?」という疑問を発し続ける人間であったようで、高校生時に私が自然と物理に興味を持ったのはごく自然な流れだったように思います。宇宙の起源や、複雑系物理の対象としての脳・意識に漠然とした興味をもちつつも、地方の公立上位校にありがちな「とりあえず医学部行っとけ」というような空気感に無意識のうちに染まってしまっていたのでしょうか、医学部と理学部を半々で志しました。結果的には理工学部を経て医学部に入学することになるわけですが、生物をまったく履修していなかったこともあって基礎医学の授業からは早々にドロップアウトし、臨床医学の授業にもあまり興味が持てず、自堕落なモラトリアム生活を存分に謳歌しておりました。唯一期待をしていた精神医学に関しても、病態生理のはっきりとしない疾患に対してメカニズム不明の治療が行われているという現状にがっかりし、現実逃避を続けておりました。4年生の終わりに差し掛かると他学部の友人達が就職・院進するということで、ようやく将来に関して真剣に考えることとなりました。
そこで初心に返って、脳・神経系の研究をやってみるのは悪くないだろうと改めて学部内の研究室をいくつか訪ねていくうち、アメリカから帰国してラボを立ち上げている最中であった大木研一先生が生理学教室に赴任されていることを知り、なんとなく面白そうという理由で出入りするようになりました。不真面目で飽きっぽい自分が研究にどっぷりとはまることができたのは、当時の研究室の雰囲気によることが大きかったように思います。立場に関係なく日々フラットに議論をできる環境(自分が空気を読まずに勝手にそうしていただけかもしれませんが)、そして何より仮説が初手から全然当たらなかったせいで、教科書的な知識から大きく逸脱した思考・解釈の実践的トレーニングにいきなり放り込まれたのは、”お勉強”が苦手な自分にとっては幸運でした。いろいろとうまくいかないことに文句を垂れまくることも少なくはありませんでしたが、大木先生と、当時の共同研究者であった田川義晃先生(現・鹿児島大)のジェネラスな指導のおかげで、忍耐力の大切さを学べたように思います。
視覚皮質の研究はHubel&Wieselの一連の研究から続く神経科学の柱の一つでありやりがいも感じていたのですが、自分の興味の中心が学習や行動といった高次機能にあることに自覚し、そういった対象に回路レベルでメカニズムに迫ることのできるモデルはないだろうかと論文を読み進めるうちに、扁桃体局所回路レベルでの恐怖記憶の研究で業界をリードしていたAndreas Lüthi研究室の論文群に出会いました。電気生理学的な記録と細胞種特異的な操作を有機的に組み合わせることで動物の行動表現を規定する神経回路を描出していくスタイルに感銘を受け、研究室への参加を決めました。
Lüthi研究室には電気生理をメインに研究を進める予定で参加しましたが、いざ入ってみると自由行動下1光子イメージングシステムと2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージングベースの方向性に舵を切っている真っ最中でした。多細胞2光子カルシウムイメージング法を世界に先駆けて使いこなした大木先生のトレーニングを受けていたため、実験・解析系の立ち上げにおいて参画直後からラボのチームサイエンスに大きく貢献することができました。言語・文化の壁もあるなか、当初から”お客さん”ではなく即戦力として参加できたのは、ボスからの学びの機会を最大化するのに大変重要であったと思います。Lüthi先生からは、実験で得られた結果からいかにコンセプトを抽出し文章化するか、またそのコンセプトの積み重ねでいかに自分のフィールドを確立していくか、という研究者としての長期vision・career-makingに関する指導を多く受けました。経験の浅いうちはファンシーな技術偏重の考え方をしてしまいがちですが、biologicalな問い、コンセプト作りをじっくりと育むトレーニング期間となりました。
研究に関しては、引き続き予想通りにはいきませんでした。初手は期待していたツールが全く使い物にならず、第2手は活動依存的であるはずの遺伝子発現と神経活動がほぼ相関しないという、予想と真逆の結果がでるといった有様で、博士3年目の半ばまではほぼノーポジデータでした。ネガティブデータを量産する過程の副産物的なデータでいくつか論文を書くことはできましたが、メインのプロジェクトに関しては博士6年目にようやくブレイクスルーとなるデータが出て、2024年5月現在ようやく投稿準備がほぼ終わりを迎えるという10年がかりのプロジェクトになりました。またしても忍耐力勝負です。
2022年からはAllen InstituteにてKarel Svobodaディレクタの元、神経修飾因子の全脳レベルでの動体を記録するというチームプロジェクトをリードしています。過去の奨励賞受賞者の方々は尊敬する優秀な研究者ばかりですので、自身も彼ら彼女らの活躍ぶりに負けぬよう、引き続き学習・行動の神経回路メカニズム研究を推し進めていく所存です。加えて、これまで受けてきた恩を次の世代にpay it forwardしていくことも積極的にやっていければと思います。
略歴
2013年 |
九州大学医学部卒業 |
2015年- 21年 |
Friedrich Miescher Institute for Biomedical Research, Ph.D. Student |
2021年 |
University of Basel, Ph.D. (Neurobiology) |
2021年 |
九州大学大学院医学系学府、論文博士号 (医学博士) |
2022年- |
Allen Institute for Neural Dynamics, Scientist |