2024年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 遠藤 史人 先生
分子・形態・機能に着目したアストロサイトの生理・病態メカニズムの解明
名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野
遠藤 史人
この度は大変名誉ある賞を頂き、誠にありがとうございます。また、選考委員の先生方、関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
私が神経内科の道に進もうと考えたのは医学部在学中であったと記憶しています。初期研修後の神経内科のトレーニング先で迷っていたところ、病院見学の際に当時の総長の金澤一郎先生にお誘い頂き、緑の多い小平の国立精神・神経センター武蔵病院(現 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)病院)で神経内科を学ぶことに決めました。NCNPではパーキンソン病をはじめとした変性疾患、多発性硬化症、筋疾患などの患者さんを多く診療する機会を頂き、村田美穂先生はじめ、スタッフの先生方や優秀な先輩、同僚レジデントから多くのことを学びました。また、当時の院長の葛原茂樹先生からは「遠藤君、論文を書きなさい」とのお言葉をよくいただき、仕事をやり遂げる大切さを教えて頂きました。レジデント3年目には村田先生からパーキンソン病と類縁疾患について、特に初期の鑑別の目的に、フィンガータッピングの運動解析を臨床研究のテーマに頂きました。パーキンソン病と進行性核上性麻痺の鑑別に有用な結果を得ましたが、残念ながら論文化には至りませんでした。その数年後に同様の報告がBrain誌に発表され、いかなるチャンスも無駄にしてはいけないということを学びました。
神経疾患を分子病態から理解したいという思いから、大学院では理化学研究所脳科学総合研究センターの山中宏二先生の門を叩きました。山中先生はグリア細胞がALSの進行に重要であるという先駆的な仕事をされていて、非常に魅力的な研究領域であると感じました。私は、アストロサイトによるALSの進行のメカニズムを解明するため、特にSOD1マウスとヒト剖検脳でもアストロサイトで発現が上昇するTGF-β1に着目しました。アストロサイトでTGF-β1を過剰発現するマウスとSOD1マウスと交配すると、当初の予想に反してマウスの発症後の進行が加速することが分かりました。このマウスでは進行期にミクログリアの神経栄養因子IGF-1の発現が低下していましたが、初代培養でTGF-β1を過剰発現するアストロサイトとミクログリアを共培養してもin vivoの結果は再現されず、当時はシングルセルRNAシーケンスもない時代で、病態の理解に困難を伴いました。そこで、他にミクログリアの活性化を制御しうる要因として、免疫細胞に着目しました。SOD1マウスだけでなく、ヒトALS剖検組織でも少数ではあるものの免疫細胞の浸潤が起こることが知られています。そこで、TGF-β1を過剰発現するSOD1マウスの脊髄を用いたフローサイトメトリーでT細胞の浸潤が低下することを突き止めました。そして、浸潤するT細胞が低下することでミクログリアのIGF-1の発現低下が起こることがわかりました。このように研究が行き詰ったときに、山中先生や研究室メンバーの助けがありこの研究をやり遂げることができました。
山中研ではALSやADのグリア病態を研究してきましたが、アストロサイトをより基礎的な側面から学ぶため、2018年にUCLAのBaljit Khakh研究室に留学する機会を頂きました。Khakh研では、アストロサイトに関するあらゆる実験が可能で非常に充実した研究環境でした。私の研究テーマは、アストロサイトの多様性で、マウスの脳脊髄の13領域のアストロサイトに着目し、遺伝子発現や形態の相違を解析しました。それらのデータからアストロサイトの形態に強く相関する遺伝子群を見出しました。大変興味深いことに、その中にはADリスク遺伝子のFermt2が含まれており、Fermt2をノックアウトするとアストロサイトの形態が縮小するだけでなく、マウスの認知機能が障害されることを発見しました。そして、ここでもボスや同僚の助けと日々のディスカッションにより良いアイデアが生まれ、何とか論文化に漕ぎ着くことができました。
これまで多大なるご指導を頂いた先生方に心より感謝を申し上げます。また、理化学研究所運動ニューロン変性研究チームの旧メンバーの皆様、名古屋大学環境医学研究所病態神経科学分野の現旧メンバーの皆様、UCLA Khakh研究室現旧メンバーの皆様、また共同研究者の先生方に、この場をお借りして心より御礼申し上げます。また、神経科学会の先生方におかれましては、今後ともご指導とご鞭撻を賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。
略歴
1997年 |
東京大学工学部計数工学科 卒業 |
2004年 |
東北大学医学部医学科 卒業 |
2004年-2006年 |
いわき市立総合磐城共立病院(現 いわき市医療センター) 初期研修医 |
2006年-2009年 |
国立精神・神経センター病院(現 国立精神・神経医療研究センター病院) 神経内科レジデント |
2013年 |
東北大学大学院医学系研究科 修了 |
2013年 |
理化学研究所脳科学総合研究センター運動ニューロン変性研究チームリサーチアソシエイト |
2013年-2015年 |
名古屋大学環境医学研究所病態神経科学分野 研究員 |
2015年-2018年 |
同 特任助教 |
2018年-2023年 |
カリフォルニア大学ロサンゼルス校医学部生理学分野プロジェクトサイエンティスト |
2023年-現在 |
名古屋大学環境医学研究所病態神経科学分野 特任講師 |
留学時のロサンゼルスにて