[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

2023年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 乘本 裕明 先生

Sharp wave ripple

北海道大学 大学院医学研究院
乘本 裕明

この度はこのような名誉ある賞をいただき、大変光栄に感じております。選考委員の先生方,並びに日本神経科学学会の関係者の方々に厚くお礼申し上げます。

私は修士課程入学時から一貫して、睡眠時に見られる脳波sharp wave ripple(SWR)の研究を行ってきました。SWRの発生時には学習時に活動した神経細胞集団が同じ順番で再活性化することから、SWRは記憶の定着に関与していると考えられています。

SWRとの出会いは修士課程1年の時でした。東京大学薬品作用学教室では毎年4月になると新入生に人数分のテーマリストが配られます。それを基に”平和的に”話し合い、自分が取り組む研究課題を決める風習がありました。私は入学後の2か月間は未知検体実習を行わせていただくことになったため、テーマ選択が遅れてしまいました。池谷先生は当時から人気な先生でしたので、師事することは難しいかなと思っていたのですが、一つだけ12名の新人誰からも選ばれずに残っていたテーマがありました。それが「SWRの研究」でした。説明欄には「海馬にトピック性の高い薬を投与してSWRに与える影響を明らかにする」と書かれてありました。不安でしたがとりあえずそれを選択しました。 実際チームに参加してみると大当たりのテーマで、SWRを自発的に発生する海馬スライス標本を用いて薬理スクリーニングを行いながら、博士課程の先輩である水沼未雅さんとともにSWR発生時に記憶に関連した神経が再活性化するメカニズムを探るという、とてもやりがいのある研究に取り組ませていただくことができました。その結果、覚醒時に長期増強(LTP)を受けた神経が上流から強い興奮性シグナルを受けとることにより、SWR中で再活性化することが明らかになりました(Mizunuma et al., Nat Neurosci., 2014)。この研究に取り組んでいる際にSWR自体が神経回路にシナプス長期抑圧(LTD)を誘導していることに気づき、こちらも報告することができました(Norimoto et al., Science, 2018)。この時に学んだ実験手技や物事の考え方、そしてセルフコントロールの仕方は、一生モノの財産です。

SWRの研究はとてもやりがいがあり好きだったのですが、ポスドクでは自身の見識を広げるためにも一度海馬やSWRから離れたいと考えるようになりました。熟慮した結果、当時爬虫類研究を始めたばかりのGilles Laurent博士の下へ留学しました。そこで私は動物からex vivo全脳標本を作成して、摘出脳に”学習意欲”があるのか調べる研究を開始しようとしていました。しかし渡独して初めての実験の日、トカゲから全脳を取り出して、果たしてここからどんな神経活動が見られるのかと、わくわくしながら電極を置いたらそこに現れたのはSWRでした。ちがうお前じゃないと、すぐに電極を脳から離したのを覚えています。その後の進捗報告で、メインテーマの進捗を報告するついでにトカゲのex vivo脳の前方のDVRからSWRが出ていたことを報告したら、Gillesが「面白い」と言いました。その瞬間場の空気が張り詰めたのを覚えています。当時、それがなぜかはわからなかったのですが、Gillesが電気生理のデータを見て面白いと言ったのは数年ぶりだったそうです。その後、scRNAseqと神経トレーシング実験の結果からamDVRが哺乳類の前障(claustrum)の相同領域であることが判明したため、論文として発表しました(Norimoto et al., Nature, 2020)。SWRから離れるために渡独したのですが、結果としてSWRへの理解と愛が深まる留学となりました。

今回の受賞対象となったこれらの研究は、池谷裕二先生と藤澤茂義先生、Gilles Laurent先生の御指導の賜物です。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。今まで通り元気に、生意気に、面白い研究を行い続けることが先生方への何よりの恩返しだと思いますので、より一層努力を重ね、研究に邁進いたします。また、これまで私の研究生活を支えてくれた家族に心からの感謝の意を表します。

さて、2021年からは北海道大学医学研究院に着任し、研究室を主宰しています。一年目こそ人が来てくれるか不安でしたが、現在では10名を超えるメンバーが参加してくれ、賑やかな研究室となりました。二年が経過した今も実験装置の立ち上げや研究費の獲得等に奔走していますが、自分たちにしかできないアプローチで睡眠の神経原則を明らかにすることを目指して日夜研究に励んでいます。これからも神経科学学会会員の皆様に見守っていただければ、この上ない幸せです。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Norimoto, H., 2023. Sleep sharp wave ripple and its functions in memory and synaptic plasticity. Neurosci. Res. 189, 20-28

略歴
2011年 名古屋市立大学・薬学部卒業
2016年 東京大学・大学院薬学系研究科 博士課程修了(Ph.D.)
2016年 理化学研究所 基礎科学特別研究員
2017年 マックスプランク脳科学研究所 研究員(海外学振・学振SPD)
2020年 JSTさきがけ「多細胞システムにおける細胞間相互作用とそのダイナミクス」兼任研究者
2021年 北海道大学大学院医学研究院 准教授
PAGE TOP