私たちは朝になれば目を覚まし、夜になれば眠くなります。この24時間ごとの周期は、光や時刻の手がかりがない条件であっても見られます。つまり私たちの身体には、24時間を刻む時計機構(概日時計)が備わっています。私は学部生の頃、この「概日リズム」の不思議に魅了され、北海道大学の本間研一先生、本間さと先生の研究室の門をくぐりました。そしてこれは私の研究者人生において重要な第一歩でした。
私が本間研に入った2004年には、概日リズムの仕組みが遺伝子レベルで明らかにされつつあり、“時計遺伝子が概日リズムに必須である”という事は定説でした。そんな中、私は研一先生、さと先生のご指導の下、時計遺伝子が欠損したマウス(Cry欠損マウス)の概日リズムを計測する、という実験を始めました。今考えればかなり挑戦的な研究提案だったと感じますが、両先生は確固たる考えを持ってテーマを与えてくださったのだと思います。研究を進めていくと、時計遺伝子機能が欠損していても、概日リズムが依然として見られることに気が付きました。1細胞レベルで遺伝子発現、タンパク質量、神経発火を計測してもリズムは見られたのです。 “幸運は用意された心のみに宿る”というルイ・パスツールの言葉を体験した初めての出来事でした。しかしこれらの結果は当時の定説に反していたため、なかなか時間生物学分野に受け入れられず、発見から論文発表まで8年という年月がかかりました (Ono et al., 2013 Nature Communications)。この間、研一先生、さと先生と様々な議論を重ねたことで、知らず知らずのうちに両先生の研究哲学を学ぶことができました。その後、哺乳類のCry遺伝子が、概日時計中枢である視交叉上核の神経ネットワークの生後発達に関わることも明らかにしました(Ono et al., 2016 Science Advances)。北海道大学でのこれら研究の時間は、現在の私の研究基盤になくてはならないものです。
私は北海道大学時代、哺乳類の概日時計の中枢である「視交叉上核」内の神経ネットワークの研究を進めてきました。しかし研究が進んでいくうちに、個体レベルで生じる睡眠覚醒がどのような神経回路を介して24時間のリズムを示すのか、という問いにたどり着きました。そこで、2016年から名古屋大学環境医学研究所の山中章弘教授の研究室で、概日リズムと睡眠を融合する研究を始めました。ここでは自由に研究を進める事が許され、実験計画から実施までを自分の考えのもと進めることができました。結果、概日時計による睡眠覚醒調節に関わる神経回路の一つを明らかにしました (Ono et al., 2020 Science Advances)。また、山中ラボでは、私とは異なるバックグラウンドを持つ優秀な研究者である、山下貴之さん(現・藤田医科大)と山口裕嗣さん(現・名古屋大)から、研究への切り込み方を学ばせていただいたことも大きな財産になっています。
現在ではこれまでの研究をさらに発展させ、概日時計による様々な生理機能のタイミングを決定する神経回路のメカニズム解明に向けた研究を進めています。また、哺乳類において時計遺伝子によらない概日時計機構も明らかにしたいと考えています。そして残りの研究者人生で、これらの回答をえられるような面白い研究を進めていきたいと思います。
この度は日本神経科学学会奨励賞という名誉ある賞をいただき、大変光栄に存じます。そして私の研究者人生のスタートから厳しくかつ熱心にご指導くださりました、本間研一先生、本間さと先生、また自由に研究をさせてくださった山中章弘先生、これまでの共同研究者、同僚のみなさまに感謝申し上げます。最後になりますが、私を常に見守ってくれている家族に心から感謝いたします。
受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Ono, D., 2022. Neural circuits in the central circadian clock and their regulation of sleep and wakefulness in mammals. Neurosci. Res. 182, 1-6
2004年 | 東邦大学理学部生物学科卒業 |
2006年 | 北海道大学大学院医学研究科 修士課程修了 |
2006-2007年 | ELS language school in St. Louis, Washington University in St. Louis リサーチアシスタント |
2007-2008年 | 北海道大学大学院医学研究科 技術職員 |
2012年 | 北海道大学大学院医学研究科 博士課程修了、博士(医学) |
2012年 | 北海道大学大学院医学研究科 博士研究員 |
2013-2016年 | 北海道大学大学院医学研究科 特任助教 |
2016年 | 名古屋大学 環境医学研究所 特任助教 |
2016-2020年 | 名古屋大学 環境医学研究所 助教 |
2020-現在 | 名古屋大学 環境医学研究所 講師 |