2022年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 宮本 大祐 先生
睡眠時の認知的探索の神経回路メカニズム
富山大学 研究推進機構 アイドリング脳科学研究センター
睡眠脳ダイナミクス研究室
宮本 大祐
この度は、日本神経科学学会奨励賞を賜り、大変光栄に存じます。選考委員の先生方をはじめ、学会関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
動物は、新しい事象に対して好奇心を持ち、時間をかけて新しい物体を探索します。一方、睡眠時の脳は、覚醒時の経験や記憶情報のリプレイ活動を生じ、潜在意識下で認知的探索を行います。睡眠が果たす役割は、学習アルゴリズムにおいても注目されています。覚醒-睡眠アルゴリズム(Hinton et al., Science, 1995)は、結合の重みが覚醒時のボトムアップ入力と睡眠時のトップダウン入力によって更新されることを想定しています。実際に、睡眠時に大脳皮質や海馬がシナプス可塑性を生じることは解明されています(Tononi & Cirelli, Neuron, 2014)。しかし、睡眠時の脳動態は、覚醒時に比べて認知機能と関連付けしにくく、睡眠時の認知的探索の神経回路メカニズムは未解明でした。
そこで、私はマウスを用いた光遺伝学的観察・操作技術を開発・駆使し、学習と睡眠による神経回路動態の解明を目指しました。まず、自然な睡眠/覚醒パターンを生じる自由行動マウスにおいて、光ファイバーを用いた神経活動の観察・操作法を確立しました。さらに、睡眠脳波のリアルタイム解析に応じて神経活動を操作するニューロフィードバック光操作システムを開発しました(Miyamoto et al., Science, 2016)。この光操作システムを、触覚を手がかりとした物体探索課題を行うマウスに適用しました。ノンレム睡眠時の大脳皮質トップダウン入力の光抑制は、体性感覚皮質のリプレイ活動を障害して、触覚記憶成績を低下させました。同様に、大脳皮質の触覚関連領域を非同期的に光刺激すると、触覚記憶の固定化が障害されました。反対に、大脳皮質の触覚関連領域を同期的に光刺激すると、触覚記憶の成績が向上しました。さらに、睡眠徐波のリズムの光刺激により、断眠させたマウスの記憶障害を回復することに成功しました。
シナプス可塑性は、学習・記憶のメカニズムとして、広く知られています。しかし、従来の研究では、シナプスの集合的な変化を捉えることが多く、睡眠時の認知的探索における個々のシナプスの可塑性は解明されてきませんでした。そこで、生体二光子イメージングを用いて、運動皮質の樹状突起スパインの膜表面のAMPA受容体を蛍光可視化して、興奮性シナプス伝達強度の指標としました(Miyamoto et al., Nat Commun, 2021)。特に、機能的なAMPA受容体を評価するために、pH依存的な蛍光タンパク質を用いて膜表面のAMPA受容体を定量しました。スパインにおける平均AMPA受容体量は運動学習によって増加し、学習後の睡眠によって減少しました。学習によりAMPA受容体量の特に増加した一部のスパインは学習後の睡眠の影響を受けない一方で、その他のスパインは学習後の睡眠時にAMPA受容体量が減少しました。学習と睡眠は、選択的なシナプス増強とシナプス減弱を通じて、記憶のシナプス表現のシグナル対ノイズ比を向上すると考えられます。
略歴
2009年 |
東京大学薬学部卒業 |
2014年 |
東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了 (Ph.D.) |
2014年-2017年 |
名古屋大学環境医学研究所 日本学術振興会特別研究員 (PD) |
2016年-2020年 |
ウィスコンシン大学マディソン校医学部精神科 Visiting Scholar (2017年よりResearch Associate (兼) Human Frontier Science Program (HFSP) 長期フェロー) |
2011年-現在 |
理化学研究所脳科学総合研究センター (現脳神経科学研究センター) 研修生 (2014年より客員研究員) |
2020年-現在 |
北海道大学大学院医学研究科 博士研究員 |
2013-2016年 |
富山大学研究推進機構アイドリング脳科学研究センター (兼) 学術研究部医学系 准教授 |