[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

2021年度 日本神経科学学会奨励賞受賞者 山口 隆司 先生

本能の回路を紐解く

ニューヨーク大学医学部 神経科学研究所
山口 隆司

この度受賞者に選定され改めて、指導者や共同研究者、環境に恵まれたのだと思わされています。特に博士課程において、大阪バイオサイエンス研究所(OBI)で中西重忠先生(当時OBI所長)の指導を受けられたことは貴重な経験であったと思います。

脳を理解することは、脳を構成する神経細胞が作り出す回路を正確に描述して、そこにどのような情報が符号化されていて、どのような行動を出力するかを理解することではないのかと思い、遺伝学的な神経回路の操作法を開発しておられた中西先生に博士課程の学生として入門を願い出ました。中西研では、遺伝学的に標識された神経細胞を部位特異的に破壊することで、特定の脳部位と行動との因果関係を探索する“Circuit Mapping”の手法を用いて、中隔核‐手綱核間において解剖学的に並行する神経回路および、この2つの神経回路が不安と恐怖という一見似た情動行動を各々司っていることを見出しました(Yamaguchi et al., 2013)。この研究においては、マウスの行動変化を調べるために、高架式十字迷路や恐怖条件付け学習といった行動試験を行っていたのですが、本能行動のようなより自然状態に近い行動を司る神経回路を解明することがマウスを実験動物に使う強みであり、基本的な脳の仕組みを理解することに通じるのではないのかと思い始めていたときに、Natureに一本の記事を発見しました。オプトジェネティクスを使って視床下部の亜核を刺激することでマウスにおいて攻撃行動を誘発したという内容でした (Lin et al., 2011)。Simpleかつ印象的な内容に惹かれ、筆頭著者であったDayu Lin博士がニューヨーク大学で研究室を構えたことを知り、思い切って海外でポスドクとして研究してみることにしました。

Dayu の元では、攻撃行動の脳内中枢であるVentromedial hypothalamus ventrolateral part (VMHvl)の神経活動を直接誘導する上流部位を探索しようということで、神経解剖学の大家であるLarry Swansonの論文を頼りに機能未知であったposterior amygdala (PA)に着目して、その機能を追うことになりました。実験開始から半年後には雄マウスの性行動中に強い神経活動が見られること、性行動の発現に必須であることが分かったのですが、肝心の攻撃行動との関係ははっきりしませんでした。当時の研究室の中心テーマが攻撃行動であったこともあり、結果をまとめるための要点を見出すことができず、そこから一年半ほどは戦略もなくただ手を動かすだけで、実質的に何も前に進めることができませんでした。そして二年が経過したときに、「この調子でやっていてはいけない。少し落ち着いて考えてみよう」と今まで集めてきたデータを今一度見直してみることにしました。すると、PAの神経細胞群が異なる二色で標識されている脳切片の顕微鏡写真が目に留まりました。今まであまり気に留めていなかったのですが、「PAには二つの投射細胞群があり、一つは性行動の中枢であるmedial preoptic nucleus (MPN)に投射する細胞群であり、もう一つは攻撃行動の中枢であるVMHvlに投射する細胞群であるようだ」と思い至ったのです。「PAはVMHvlとMPNに興奮性投射を送り、攻撃及び性行動を別々に誘導する(Yamaguchi et al., 2020)」という仮説を立て、「以上の仮説に従って実験を進めていきます」とDayuに告げてからはひたすらに実験に打ち込みました。有難いことに、ウィルスベクターを用いた経路特異的な標識が非常にうまく動いたこともあり、実験をするたびに仮説に沿った結果が得られ、非常に励まされました。論文投稿後は、Reviseのための実験があと少しで終わるというときに、コロナウィルス流行によりニューヨーク市は都市封鎖となり、研究室も閉鎖となったのですが、departmentから特例で三日間だけ実験をすることが許され、データを集めた後はDayuと共同で論文を仕上げ、どうにか再投稿を果たしました。これで上手くAcceptになればよかったのですが、査読者の一人にどうしても納得して頂くことができず、一か月後に編集部からRejectの連絡を受けたときはショックで茫然となりました。それでもあきらめることができず、すぐにDayuと相談して“Appeal”という形で、Editorと査読者に再考をお願いすることになりました。反対する査読者には最後まで納得してもらえなかったのですが、残り二人の査読者からはポジティブな評価を頂けたこともあり、何とかAcceptの一報を受けたのは、二週間後のラボミーティングの最中でした。

たった一本の論文を通すことでさえスムーズに行かないことや自分の能力のなさに涙することも多いのですが、大変なことがあるからこそ、自分なりに考え、納得しつつ、また楽しんでやってこられたのかなとも思っています。未だ道半ばです。大きなことはできないかもしれませんが、とりあえず、明日からもコツコツと積み重ねていきます。

略歴
2008年 大阪大学人間科学部人間科学科 卒業
2013年 大阪大学医学系研究科予防環境医学 4年次早期修了(博士(医学))
2013年 大阪バイオサイエンス研究所システムズ生物学部門 特別プロジェクト研究員
2015年 ニューヨーク大学医学部神経科学研究所 ポストドクトラルフェロー

山口 隆司(ニューヨーク大学医学部 神経科学研究所)
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