[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

脳発達から人間性の起原を探る

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
鈴木 郁夫

 このたびは日本神経科学学会奨励賞を頂き大変光栄に存じます。これまでにご指導をいただいた先生方、共同研究者の先生方、および選考委員の先生方に感謝申し上げます。

 動物は環境に合わせた適切な行動をとる事により生存しているため、神経回路の進化は動物多様性を生み出す原動力であると言えます。こうした観点から、私はこれまで一貫して脳の構造や神経回路の系統進化に関心を持ち研究を進めてまいりました。ヒトに至る進化の歴史の中ではいくつかの革新的な脳構造の変化が起こりました。例えば、大脳皮質の6層構造は祖先的な哺乳類において出現し、その後全ての哺乳動物に引き継がれています。大学院在学中には、大脳皮質層構造の進化的起原のメカニズムを知りたいと考え、哺乳類と非哺乳類の大脳皮質相当領域の比較発生生物学的研究を行いました。鳥類や爬虫類の大脳皮質に相当する脳領域は層構造とは全く異なる構造であるにも関わらず、非常によく似た神経幹細胞プログラムにより、哺乳類と同じ神経細胞サブタイプが産生されていることを見つけました。この時の経験から、離れた系統間で幹細胞プログラムが驚くほどに保存的である事と、動物系統ごとに発生プログラムに若干の変更を加える事により全く異なる脳構造が形成される事に強い関心を持ちました。

 大学院生時代に発表された2つの論文に大変興味を持ち、その後の研究方向を決める上で大きな影響を受けました。これらの論文では、マウスES細胞の分化誘導実験において大脳皮質の細胞分化の経時変化を再現できる事を示していました(Eiraku et al Cell Stem Cell 2008, Gaspard et al Nature 2008)。私にとってこれらの論文は脳の進化発生学の新しい可能性を切り開いたように感じました。原理的にはいかなる哺乳類でも体細胞を元にiPS細胞を樹立する事ができるため、大脳皮質分化誘導モデルと組み合わせることで、多様な哺乳類の大脳皮質発生を実験的に比較研究できると思ったからです。学位取得後は、この技術を活用し、ヒト大脳皮質の進化発生学的研究を行いたいと考え、一方の論文を発表したPierre Vanderhaeghen教授に博士研究員として受け入れていただき、大脳皮質発生におけるヒト特異性を調べる研究を開始しました。

 ヒトの大脳皮質は進化の過程で劇的に拡大し、複雑な構造をとり、こうした変化により優れた認知機能がもたらされたと考えられています。私達は、ヒト特異的な大脳皮質発生プログラムの鍵が、ヒトだけが固有に獲得した遺伝子にあるのではないかと仮定しました。網羅的にヒト固有遺伝子をリスト化し、ヒト胎児サンプルを用いたトランスクリプトーム解析を行う事で、大脳皮質発生において顕著に発現するヒト固有遺伝子を発見する事ができました。見つけた遺伝子の中でもNOTCH2NLは、胎児大脳皮質の神経幹細胞が存在する領域で特異的に強く発現し、神経幹細胞を長期間維持し、結果としてニューロンの産生数を増やす事がわかりました。その後、別のグループの解析によりNOTCH2NL遺伝子のコピー数変異が小頭症などの疾患と強く関連する事が示され、NOTCH2NLの正常発生における重要性が示唆されています。

 最後になりましたが、このたびは大変名誉ある賞をいただき大変光栄に思っています。多くの先生方からの貴重なアドバイスと支援のおかげでこれまでの研究を行うことができました。学部の卒業研究では上村匡先生から研究とは何かという心得を教えていただき、研究生活の最初から高い基準を示していただきました。大学院では指導教授の五條堀孝先生や広海健先生を始めとする先生方からたくさんのご指導をいただき感謝しております。平田たつみ先生には研究への情熱を見失ったところを導いていただき、研究室のテーマとは直接関係のないテーマを進める自由をいただき、温かく見守っていただいた事に大変感謝しております。Pierre Vanderhaeghen教授には研究を進める上での支援と自由を与えてくださった事に加え、PIとしてのふるまい方を示していただき、指導者としての指針を与えてくださった事に感謝しております。最後に、遺伝研時代から一貫して叱咤激励してくださり、東京大学での研究グループ立ち上げにあたりご支援くださった榎本和生先生に感謝しております。この場を借りて、皆様に深く御礼を申し上げ、今後とも精進していかせていただきます。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Suzuki, I.K., 2020. Molecular drivers of human cerebral cortical evolution. Neurosci. Res. 151, 1-14

<略歴>
2005年  京都大学理学部 卒業
2010年  総合研究大学院大学 生命科学研究 遺伝学専攻 5年一貫博士課程修了(理学博士)
2010年  国立遺伝学研究所 博士研究員
2012年  ベルギー・ブリュッセル大学(ULB) 博士研究員
2019年  東京大学大学院理学研究科生物科学専攻 准教授

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