[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

脳の機能を分子レベルで理解する

新潟大学脳研究所 教授
三國 貴康

 この度は、日本神経科学学会奨励賞を頂き、大変光栄に存じます。これまでにご指導いただいた先生方、共同研究者の先生方、および選考委員の先生方に、心より御礼申し上げます。
 私は2018年9月にアメリカから帰国し、新潟大学脳研究所で新しい研究室を立ち上げました。現在ポスドク研究員と大学院生を募集中ですので、興味のある方は是非私までご連絡ください。
 私の研究生活は、京都大学医学部在籍時に本庶佑研究室に出入りしたところから始まります。当時は、抗体クラススイッチの鍵分子AIDや2018年のノーベル賞の対象となったPD-1の機能解析が真っ盛りで、幸いなことに大変刺激的な場所で分子生物学のイロハを学ぶことができました。医学部卒業後はすぐに基礎研究に進むことも考えたのですが、臨床にも興味があり、その後5年間、小児科および小児神経科の臨床に携わりました。
 こどもの脳は、とてもダイナミックです。新しいことを次々と習得していくこどもを診療する中で、脳の可塑性に興味を持つようになりました。そこで、発達期のシナプスの刈り込みを研究対象にしていた東京大学の狩野方伸研究室で、大学院生として基礎研究を始めました。狩野研では、電気生理学と分子生物学および光遺伝学的手法を組み合わせて、神経活動依存的なシナプスの刈り込みのメカニズムを明らかにできました(Neuron 2013)。
 分子生物学、電気生理学、ときたら次はイメージングと考え、学位取得後はアメリカのマックス・プランク・フロリダ神経科学研究所のRyohei Yasuda研究室にポスドクとして加わり、樹状突起スパインの構造可塑性における分子イメージングの研究に取り組みました。そのなかで、生体脳でのゲノム編集と内在性タンパク質のイメージングを可能にする「SLENDR」および「vSLENDR」という方法を開発しました(Cell 2016, Neuron 2017)。このSLENDRとvSLENDRにより、あらゆる時期の個体の脳の様々な細胞種で効率よく自在なゲノム編集ができるようになりました。さらに、特定のタンパク質をタグ標識するようなゲノム編集を脳の一部の細胞で行うことで、複雑な細胞がひしめく脳組織内の1細胞でタンパク質の細胞内局在や動態を高精度にイメージングできるようになりました。SLENDRとvSLENDRの開発により、これまで解決できなかった様々な問題に挑めるようになったと思います。
 新しく立ち上げた研究室で私が目指すのは、脳の仕組みを究極的には分子の解像度で理解することです。ヒトや動物の脳は、様々な分子・細胞・回路がひしめきあう、体内で最も複雑なシステムです。この複雑な脳の仕組みを理解するには、脳の中の特定の要素を選別して解析する技術が必要です。現在研究室では、生体脳内で特定の分子・細胞・回路を選択的に標識しイメージングする技術を開発しています。このような技術に加えて、2光子イメージング、遺伝子導入・編集、光遺伝学、電気生理学、分子生物学などの先端技術を駆使して、学習・記憶の「生理」と発達障害の「病態」を、細胞および分子の解像度で明らかにしたいと考えています。
 私がここまで研究を続けられたのは、周りの人たちの温かいサポートのおかげです。研究を行う上で、最も大事なのは「人」です。私の研究生活に大きく影響を与えた上述の3先生や、共同研究者として濃密に関わった上阪直史博士、西山潤博士、さらに数えきれない研究者の人々と出会えたのは、私の人生の大きな財産です。これからの研究の中で、どんな面白い人と出会えるのか、今からとても楽しみです。一緒にサイエンスを楽しみたい方は、是非、私までご連絡ください。

受賞研究内容に関する総説(Neuroscience Research掲載)
Mikuni, T., 2020. Genome editing-based approaches for imaging protein localization and dynamics in the mammalian brain. Neurosci. Res. 150, 2-7

略歴
2003年 京都大学医学部医学科卒業
2003年-2008年 京大病院などで小児科臨床業務に従事
2012年 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、博士(医学)
(神経生理学分野・狩野方伸研究室)
2012年 東京大学大学院医学系研究科 特任研究員
2013年 マックス・プランク・フロリダ神経科学研究所 研究員
(神経情報伝達部門・Ryohei Yasuda研究室)
2014年 (兼任)ヒューマン・フロンティア・サイエンスプログラム 長期フェロー
2016年 (兼任)JSTさきがけ研究者
2018年 新潟大学脳研究所 教授

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