[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

「社会」を紐解くニューロサイエンス

マサチューセッツ工科大学ピカワー学習・記憶研究所
奥山 輝大

この度は、名誉ある賞を頂き、大変光栄に思っております。選考委員会の諸先生方、これまでご指導頂いた先生方に心より感謝申し上げます。

 ヒトを含めた高度な社会性を示す動物は、同種他個体を記憶(社会性記憶)し、それぞれの相手に対し、攻撃行動や協調行動といった適切な行動を選択することで、適応度の高い「社会」を形成します。私は、これまでモデル動物としてメダカとマウスを組み合わせて、「社会性記憶がどのように記載され、社会性記憶を用いてどのように適切な行動出力に至るのか」について研究を行ってきました。

 メダカは、「メダカの学校」という言葉が示すように、相互作用し合いながら集団で生活します。私は、メダカのメスが、配偶行動前日から視覚的に見て記憶していた「見知ったオス」を、好んで配偶相手として受け入れる傾向がある事を見出し、2006年から配偶者選択行動の神経基盤の解析を開始しました。その結果、終神経ゴナドトロピン放出ホルモン3(GnRH3)産生ニューロンが、発火頻度依存的に求愛の拒絶と受け入れの両方を二相的に制御し、このニューロンから分泌されるGnRH3ペプチドが拒絶から受け入れへとフェイズ移行の機能を担っているというモデルを証明しました(Okuyama et al., Science, 2014)。しかし、この研究の中で、メダカのメスが特定のオスの事を、どのようにして記憶しているのかという大きな謎が解けずに残りました。そこで私は、社会性記憶の神経メカニズムそのものにアプローチするために、海馬の構造が明確なマウスへとモデル動物を移し、2013年からマサチューセッツ工科大学において、更なる研究を開始しました。

 マウスは、親しい個体よりも見知らぬ個体と積極的に接触するという生得的な性質を有しています。この行動特性を利用し、光遺伝学的手法とカルシウムイメージングによる生理学的手法を駆使して解析したところ、これまで記憶における機能がほとんど未知であった腹側CA1領域の錐体細胞が社会性記憶を保持していることが明らかになりました。興味深いことに、腹側CA1領域では、「ある特定の細胞集団が、特定の個体の記憶を保持」しており、その細胞集団のみを特異的に光遺伝学で興奮誘導することで社会性記憶そのものを操作することが可能です。例えば、特定の個体の記憶を忘却した後でも人工的に想起させることができ、更には、特定の個体の記憶に対し恐怖や快楽の情動を連合することができました(Okuyama et al., Science, 2016)。

 これらの研究では、多く共同研究者の方々に大変お世話になりました。メダカの配偶者選択行動の研究は、行動実験系の立ち上げから7年もの間、竹内秀明先生との二人三脚で行い、その間、久保健雄先生、成瀬清先生、岡良隆先生を含め、多くの先生方の非常に暖かいサポートがありました。また、マウスの社会性記憶研究は、(烈火の如き)御指導を下さった利根川進先生、またラボ内で絶え間ないディスカッションに付き合って頂いた北村貴司博士とDheeraj Roy博士という素晴らしいチームメンバーのおかげで完遂することができました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。

 最後になりますが、大学院生の頃、久保健雄先生に「一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ、只だ一燈を頼め」という儒学者佐藤一斎の言葉を教えて頂いたことがあります。何も見えず、未だ誰も到達していない新規な領域を、自らで踏み固めた足場を伝って一歩ずつ前に進んでいく様は、研究者の抱く恐怖心と好奇心に深く通ずるところがあり、私の研究生活の苦しい時間をしばしば支えてくれました。今後も一層努力を重ね、一燈を手に、この暗夜の中を少しずつ開拓して参りたいと思います。今後とも日本神経科学学会の皆様の変わらぬご指導どうぞ宜しくお願いいたします。

受賞研究内容を議論する総説(Neuroscience Research掲載)
Okuyama, T., 2018. Social memory engram in the hippocampus. Neurosci. Res. 129, 17-23

<略歴>
2006年  東京大学 理学部 生物学科 卒業
2011年  東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 博士課程修了
     (日本学術振興会 特別研究員DC1)
2013年  マサチューセッツ工科大学 ピカワー学習・記憶研究所 博士研究員
     (日本学術振興会 特別研究員SPD)
2015年  Junior Faculty Developing Program (JFDP) Fellow

筆者近影

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