[一般の方へ ] 学会からのお知らせ

第31回塚原仲晃記念賞受賞者 磯田 昌岐先生

「社会的認知機能のシステム生理学的解明」

自然科学研究機構生理学研究所 磯田 昌岐

 このたびは、はからずも名誉ある塚原仲晃記念賞を賜り、大変光栄に存じますとともに身の引きしまる思いです。この場をおかりし、これまでご指導いただいた恩師や先輩の先生方、一緒に研究を行っていただいた同僚や共同研究者の先生方、そして研究を支えてくださった技術支援員や事務支援員の皆様に心より御礼申し上げます。
 私は高次脳機能、特に行動の認知的制御の脳内機構を、主としてシステム神経生理学的手法により解明することを目標としています。現在にいたるまで、さまざまな認知行動制御の重要側面を評価する行動課題をサル類(マカクザル)に訓練し、課題遂行中のニューロン活動を電気生理学的に計測・解析することをとおして、大脳皮質前頭葉と皮質下脳領域をめぐる神経システムの情報処理様式を明らかにしてきました。大学院博士課程と米国留学中は、それまでの当該研究分野がそうであったように、単一個体を対象として、行動の随意的制御の神経機構を研究しました。現在の主要テーマであり、今回の受賞内容と関連する「社会的コンテキストにおける認知・行動制御の生理学的基盤および遺伝子基盤の解明」をめざす基礎研究に着手したのは帰国後からです。
 ヒトやサルなどの霊長類は社会的な動物です。社会的動物には、社会における個体の生存適応や社会的動物としての種の存続に必要な認知能力が備わっていると考えられます。しかし、その発現や制御の神経基盤については未解明な点が多く残されています。ヒトを対象とした脳機能イメージング研究の進歩によって、社会的認知機能の要素的側面に関わる脳領域を非侵襲的に同定することが可能となりました。しかし、そこで同定された脳活動の実態を、より精確な時間・空間解像度で解読するためには、霊長類動物を用いたシステム神経生理学研究が適していると考えられます。そこで、サルを用いる従来の伝統的な研究手法を踏まえつつ、行動実験環境を自己と他者の社会的枠組みに拡張するため、対面する2個体のサルに対して適切に統御された行動課題を学習・実行させるという新たな実験パラダイムの開発に取り組みました。行動課題の遂行においてサル2個体を同時に統御する方法論は当時はまだ確立されていなかったため、多くの困難を伴いましたが、その都度同僚と励ましあい、知恵を出しあいながら、少しずつ前進させることができました。
 今回の研究では、内側前頭前野ニューロンが自己の動作と他者の動作の識別や、他者の動作情報のモニタリングに関わっていることを明らかにしました。また、他者の動作をモニターしない自閉スペクトラム症様のサル個体では、他者の動作情報を処理する内側前頭前野ニューロンが顕著に少ないことや、ヒトの統合失調症、うつ病、自閉スペクトラム症などとの関連が指摘される2つの遺伝子に稀な変異があることを、認知ゲノミクス的研究手法により明らかにしました。さらに最近では、自己と他者の報酬情報が、内側前頭前野ニューロンや中脳ドーパミンニューロンによって処理・統合されていることを示唆する研究成果が得られています。  社会的認知機能の神経基盤を高い時間・空間解像度で明らかにできる、マカクザルを用いたシステム神経生理学研究をさらに推進することにより、ヒトを含む霊長類がもつ高度な社会的知性の仕組みを神経科学的に解き明かすことができると考えています。


図:対面する2個体のサルに対して、2試行ごとにアクターとオブザーバーの役割が交替する行動課題をトレーニングした。オブザーバーは、相手の動作選択とその結果についての情報をモニターすることにより、次の自分の動作選択において正しい結果を導くことができる。神経細胞活動を解析した結果、他者の動作情報は内側前頭前野の主に背側領域で、自己の動作情報は同部の主に腹側領域で、それぞれ処理されることが明らかとなった。内側前頭前野の背側領域は、他者の動作情報を主に上側頭溝から受けていると推定される。

略歴
2003年 東北大学大学院医学系研究科にて博士号(医学)取得
2003年 科学技術振興事業団 ポスドク
2004年 アメリカ国立衛生研究所 ポスドク
2007年 理化学研究所脳科学総合研究センター 研究員
2008年 同 副チームリーダー
2010年 沖縄科学技術研究基盤整備機構 代表研究者
2012年 関西医科大学 准教授
2016年 自然科学研究機構生理学研究所 教授

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