第28回塚原仲晃記念賞受賞者榎本 和生先生
「感覚ニューロン受容野の自己組織化と再編機構の解明」
第28回塚原仲晃記念賞受賞者 「感覚ニューロン受容野の自己組織化と再編機構の解明」
東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 脳機能学分野 教授 榎本 和生
この度は、塚原仲晃記念賞という身に余る賞を賜り、大変光栄に感じると同時に非常に恐縮しております。
これまで私たちは、外界情報の入力を担う感覚ニューロンが如何にして固有の受容野を獲得・維持するのか、という問題に興味を持って研究を行ってきました。たとえば、視神経節細胞の特定サブタイプは、網膜上に細胞体を等間隔に配置し、その樹状突起により網膜をタイル状に覆うことが知られていますが、この美しいタイル模様の空間配置を規定するロジックはいまだ謎のまま残されています。私たちは、ショウジョウバエ感覚ニューロンが、樹状突起間の反発作用を介して受容領域をタイル状に配置することに着目し、受容領域の自己組織化メカニズムの一端を明らかにすることができました(Emoto et al. Cell 2004; Nature 2006; Soba et al. Neuron 2007; Koike-Kumagai et al. EMBO 2009; Morikawa et al. PNAS 2011; Emoto, K. Curr. Opin. Neurobiol. 2012)。また最近では、樹状突起間の相互作用に非依存的な受容領域決定メカニズムの存在も明らかになり、相互作用依存的メカニズムと相補的に働くことが分かってきました(未発表)。
ショウジョウバエの面白いところは、わずか5日間のうちに、幼虫から成虫へと変態を遂げることです。この間、可視光や嗅覚物質など感覚入力に対する価値情報(嗜好性など)が大きく変化します。たとえば、幼虫は可視光に対して典型的な忌避行動を示しますが、成虫になると可視光に強く誘引されます。一方で、変態期には多くの新生ニューロンが既存回路に組み込まれると同時に、不要ニューロンや不要回路の除去が行われます。従って、幼虫から成虫に至る変態期において脳神経回路が組み変わることにより、同じ個体が全く異なる「個性」をもつ生き物へと変身すると考えられます。私たちは、このような「個性」を規定する神経基盤を理解すべく研究を進めています。とくに、脳神経回路再編を制御する分子細胞基盤と、感覚情報に付加する価値情報を書き換える神経基盤、の2点に着目して研究を行ってきました。前者に関しては、これまでに感覚神経回路をモデルとして解析を行い、既存の感覚ニューロン樹状突起の形状が大きく変形することにより新たな受容領域を獲得する再編現象を見出し「dendrite reshaping」と名付けました(Yasunaga et al. Dev. Cell 2010)。また、不要回路の選択的除去において、樹状突起局所で自発的に発生する低頻度カルシウム振動が、回路の「要・不要」を規定する一因であることを示しました(Kanamori et al. Science 2013)。現在、マウス感覚神経回路の再編制御機構についても精力的に解析を行っています。後者に関しては、特定嗅覚物質に対する「好き」「嫌い」の変換を制御するスイッチ機構の実体を掴みつつあります(未発表)。今後、このスイッチ機構を切り口として、生物が嗜好や恐怖といった情動を生み出す仕組みを回路レベルで明らかにしていきたいと夢見ています。
本稿で紹介した研究は、多くの指導者の方々や協力者の皆様のお力添えにより発展させることが出来ました。末筆ながら、この場をお借りして、お世話になった皆様に深く御礼申し上げます。とくに、私たちの研究の良き理解者であり、多方面からのサポートを頂いた大阪バイオサイエンス研究所の中西重忠所長、日夜を問わず困難な研究に取り組んでくれた研究員および学生の皆様、研究を支えてくれたテクニカルスタッフの皆様に心より感謝申し上げます。
【図説明】
樹状突起局所に発生する低頻度カルシウム振動(上)
感覚ニューロンにカルシウム感受性蛋白質GCaMP3を発現させて、細胞内カルシウム動態を計測した。神経回路の再編がおきる時期特異的に、局所性カルシウム振動(中図と右図でカラーになっている部分。疑似カラーはカルシウム濃度の変化率を表現している)が観察された。図中のニューロンでは、異なる2つの樹状突起(t1とt2)においてカルシウム振動が発生している。下図は、2つの神経突起(t1とt2)のカルシウム振動について、縦軸に変化率、横軸に時間をとってグラフにした。ともに1分間に約1回程度の頻度であるが、t1とt2では振動パターンが非同期であることがわかる。これらの突起は約3時間後にニューロンから除去される。一方、カルシウム振動が発生していない突起は、そのまま維持される。
局所性カルシウムシグナルを介した不要突起の選択的除去メカニズム(下)
既存回路から不要突起を除去する際には、将来的に除去される突起上に存在するカルシウムチャネルの自発的活性化が起り、その結果、細胞外から突起内へとカルシウムが流入し、局所的なカルシウム濃度の上昇が起きる(中図)。そのカルシウム濃度上昇を感知したカルパイン等のタンパク質分解酵素が活性化し、最終的に突起が分解される(右図)。
【受賞者略歴】
1997年 東京大学薬学系大学院博士課程修了
1997年 東京都臨床医学総合研究所 研究員
2002年 カリフォルニア大学サンフランシスコ校 客員研究員
2006年 国立遺伝学研究所 独立准教授 2010年 大阪バイオサイエンス研究所 研究部長
2013年 東京大学大学院理学系研究科 教授(現職)